豊田章男社長を取材し続けた筆者が思う、退任の本当の理由:池田直渡「週刊モータージャーナル」(6/6 ページ)
トヨタ自動車の豊田章男社長が、退任を発表した。ここ数年、豊田社長を追いかけてきた筆者から見たさまざまなこぼれ話を書いていこう。 筆者が思う、退任の本当の理由は……。
コロナ禍で利益死守を宣言したトヨタ、豊田社長退任の本当の理由
特に世のため人のためと、自らを犠牲にして粉骨砕身して、マイナス評価を受けた時は堪らない。例えばコロナ禍を迎えた20年、5月の本決算発表で、ほとんどの会社が見通し発表を控えた。それはそうだろう。そんなタイミングで見通しなどうっかり発表すれば事故の元にしかならない。しかしその時、たった1社、トヨタだけが5000億円の利益を死守すると昂然と発表した。
わが国のトップ企業、トヨタが、先行きが全く読めないと発表したら、サプライヤーをはじめ、多くの企業が事業計画を立てられない。各社の業績予想は厳しくなり、その予想によって未来はさらに暗くなるネガティブスパイラルに陥る。
だから、まさに日本経済のためにトヨタは、リスクを取ってまで、黒字死守を決算でアナウンスし、その思いを説明した。勢いだけではできない。もし立てた目標を下回れば、それはさらに未来予測を暗くする。だから、豊田社長の号令一下、トヨタの多くのスタッフが必死に数値を検討し、必達のラインを、それも可能な限り高く出して行ったのである。それは「われわれも頑張る。だから日本中の働くみなさん、希望を忘れないでください」というメッセージだった。
翌朝、日本経済新聞の一面を飾ったのは「トヨタの今期営業利益、8割減の5000億円 新型コロナで」という大見出しである。恐怖を煽って部数を伸ばす常套手段である。お前らの記事が売れれば、それでいいのか。日本経済に対する想いはないのかと。儲けるのがいけないなどと言うつもりはない。金を儲けた先に「何のために」がない。トヨタの爪の垢を煎じて飲むべしと、筆者は、はらわたが煮えくり返る思いだった。
膨大な準備をして、日本経済のために不退転の覚悟で絶対死守ラインを発表した豊田章男氏がどれだけ落胆したことか。そういうくだらない揚げ足取りに、人は傷つくものである。このようなボディブローと闘いながら、明るく振る舞うエネルギーがたぶんそろそろ限界に達した。筆者個人としては、退任の本当の理由はそこにあるのだと思っている。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
関連記事
- トヨタは日本を諦めつつある 豊田章男社長のメッセージ
日本の自動車業界は今後どうなるのか。タイトヨタの設立60周年記念式典、およびトヨタとCPグループとの提携に関する発表から、未来を展望する。 - なぜSUVは売れているのか 「しばらく人気が続く」これだけの理由
街中でSUVをよく見かけるようになった。各社からさまざまなクルマが登場しているが、なぜ人気を集めているのだろうか。EV全盛時代になっても、SUV人気は続くのだろうか。 - なぜプリウスは“大変身”したのか トヨタが狙う世界市場での逆転策
トヨタが新型プリウスを発表した。発売はまだ先なので、車両の詳細なスペックなどは分からないものの、その変貌ぶりが話題になっている。それにしても、なぜトヨタはこのタイミングで発表したのか。背景にあるのは……。 - マツダCX-60は3.3Lもあるのに、なぜ驚異の燃費を叩き出すのか
マツダCX-60の販売状況が、なかなか好調のようだ。人気が高いのはディーゼルのマイルドハイブリッドと純ディーゼルで、どちらも3.3Lの直列6気筒エンジンを搭載している。それにしても、3.3Lもあるのに、なぜ燃費がよいのだろうか。 - なぜ「プリウス」はボコボコに叩かれるのか 「暴走老人」のアイコンになる日
またしても、「暴走老人」による犠牲者が出てしまった。二度とこのような悲劇が起きないことを願うばかりだが、筆者の窪田氏は違うことに注目している。「プリウスバッシング」だ。どういう意味かというと……。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.