ようやく議論は本質へ 揺らぐエンジン禁止規制:池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/5 ページ)
ここ数カ月の報道を見ていて、「世界は脱内燃機関に舵(かじ)を切った」という言葉をどう受け止めただろうか。もちろんそうした流れがあるのは事実だが、誤解している人もいるようだ。
「あれ? なんか話が変わってきていないですか?」
ここ数カ月の「脱内燃機関」に関する報道を見ていて、そう感じた人はおそらく多いはずだ。
内燃機関は世界的に禁止が確定し、世界のクルマは全部BEVになるという話だったはず。しかし日本だけが内燃機関時代の技術アドバンテージにしがみついて、世界で確定済みのルールに対して無駄な抵抗を続けている。
世界で自動車を販売していくのに、日本だけ違うルールにしたところで、グローバルな競争で大敗し、世界から取り残されていくだけ。
──という話だったはず。
この話は、そもそもの前提理解が間違っていて、内燃機関禁止のルールは確かに世界中で議論されているが、別にそれで確定したわけではない。「世界は脱内燃機関に舵(かじ)を切った」という言葉の受け止め方の問題である。そういう流れがあるという意味では正しい。しかし確定済で変えられない未来という理解は間違っていた。それはここ数カ月の報道を見ても分かるはずだ。
3月2日には、ドイツとイタリアに加えてポーランドやブルガリアが内燃機関の完全廃止に反対。欧州自動車工業会も反対。厳密に言えば反対の内容はそれぞれに少しずつ違うのだが、少なくとも、日本を除く世界が「もうきれいさっぱり内燃機関は全部やめましょう」で合意形成済にはなっていないことだけは確かだ。25日には欧州委員会は「合成燃料の使用を前提として35年以降も内燃機関の販売を容認することで、ドイツ政府と合意した。
これについてはEU独自のガバナンスメカニズムを説明するところから始めたい。図は外務省が制作したものだが、見て分かる通り、欧州委員会はEU理事会に対して法案や予算案を提案することしかできない。決定権があるのはEU理事会であり、今回先に挙げた国々が反対に回り、可決に要する欧州人口の65%を下回った結果、内燃機関の禁止についてはEU理事会で否決の見通しになったわけだ。
つまり欧州委員会が何と言おうが、それは提案であって確定ではない。EU理事会の構成メンバーであるドイツ政府が欧州員会のサジェスチョンに疑義を呈し、欧州委員会はそれを汲んで、内燃機関の販売禁止を取り下げた形である。これを見ても分かるように、法案にすぎないものを確定したかのように報道するから話がゆがんでしまう。
要するに議論が乱暴すぎたのだ。決定のプロセスにしても、脱炭素そのものの議論にしても、現実はもっと複雑で面倒くさい。「世界の危機」だと言いながら、その複雑で面倒くさいことを、分かりやすく乱暴に整理してしまうから話がおかしくなる。
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