ようやく議論は本質へ 揺らぐエンジン禁止規制:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)
ここ数カ月の報道を見ていて、「世界は脱内燃機関に舵(かじ)を切った」という言葉をどう受け止めただろうか。もちろんそうした流れがあるのは事実だが、誤解している人もいるようだ。
多くの「おかしい」ポイント
ではどこがどうおかしいかを解説していこう。
1. 多くの自動車メーカーは2035年より前に排出ガスフリーになる
まずはこれから。ティメルマンス氏は35年以降の動力はBEVとFCV(燃料電池車)だけになるという主張なのだが、現実的な話としてそのタイミングではまだFCVの大幅な普及は難しい。インフラも全国区にはならないし、水素のコストが下がるにはもっと時間がかかる。FCVの心臓部であるFCスタックのコストダウンはそれなりに進むだろうが、主流になれるほどではないだろう。つまり8〜9割はBEVにならざるを得ない。
しかし本連載で繰り返し述べてきた通り、バッテリーの原材料となるレアアースの採掘量増産はそのタイミングで間に合うとは到底思えない。兵站(へいたん)が確立されていない作戦は絵に描いた餅にすぎない。
実は、ここが「内燃機関禁止派」の特徴で、先日もとある専門家と話していて、どうも意見が合わなかったので、真意を理解するために聞き役に徹していたら、彼の趣旨が分かった。どうやら「バッテリー原材料は確かに足りないが、今足りないことをベースに判断しても仕方がない。掘ればいいんですよ」ということだった。
掘れば解決すると思っているからそういう話になる。しかし、レアアースの採掘に限らず鉱山開発は10〜15年を要し、その間どうするのかが全く見えない。今からBEVやバッテリー生産工場を建設して、原材料が届くのを待つのか? しかももっと言えば、10〜15年というのは平時の話であり、従来の数十倍レベルの参入が相次ぐと、当然のごとく掘削機も、技師も大幅に足りなくなる。
確かに需要好調が長期間続けばいつかは解決する話だが、来年再来年に解決することは100%あり得ない。筆者は専門家ではないから何年掛かるとは言えないが、普通に考えて人材の育成から始めて、彼らが実際に鉱山開発事業に従事し、開発事業を終えて、本生産に入るまでのスケジュールが2035年までの12年の間に収まるとは到底思えない。それは「来年飛行機のパイロットを10倍にしたい」と言っても不可能なのと概ね同じだ。
というわけで、2035年はいったん置いたとしても、本当に大幅なBEV化を目指すのであれば、今すぐ鉱山技師の大量育成と、彼らが十分な収入が得られるスキームを作らなければ始まらない。
また鉱山投資は多額の先行費用がかかる案件である。荒れ相場かつ需要逼迫(ひっぱく)で、世界中で多くの参入者がいることを考えると、営業開始後の原材料相場を読むのはとても難しい。場合によっては参入過多で暴落局面もあるかもしれず、そうなれば投資の回収は不可能になる。これをなんとかしようとすれば鉱山投資に多額の公的資金を投入する以外にないだろう。そういう政策は進んでいるのだろうか?
さらにもっと面倒な問題がある。鉱山開発は環境負荷が高い。もっとストレートに言うと、従事者の健康に与える影響も大きい。だから一般論として人権意識や環境意識の高い先進各国では、ほぼ鉱山事業は廃れてしまったのだ。
掘る原材料と鉱山の質にもよるが、25メートルプール一杯の土を掘って、得られるのはせいぜい手の平一杯かもっと少ない場合もある。しかも金やダイヤモンドのようにそのものが結晶として埋まっているわけではなく、掘り出した土を水に溶かして加熱したり薬品を加えたりして必要な資源を分離するわけで、大量の水資源を要する。
そしてレアアースが豊富に含まれている地質に一緒に含まれている他の物質、例えば水銀やカドミウム、鉛などが排水に溶け出すことなる。これを浄化するのにもエネルギーが必要だし、手間も時間も大変だ。「掘れば良い」という言葉を口にするのは簡単だが実現は難しい。
そういう現実的かつ重大な問題を無視して、2035年には排出ガスフリーになると言われても、とても「はいそうですか」とは言えない。
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