ようやく議論は本質へ 揺らぐエンジン禁止規制:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
ここ数カ月の報道を見ていて、「世界は脱内燃機関に舵(かじ)を切った」という言葉をどう受け止めただろうか。もちろんそうした流れがあるのは事実だが、誤解している人もいるようだ。
ハイブリッドに関する「デマ」も
5. ハイブリッドの2035年以降販売禁止はEU全体の決定事項
これはもはやデマだと言っても良い。決定権を持たない立場の人が決定事項だなどと言っても意味がない。フランスのルノーは新型ハイブリッドを開発して売り始めたばかりだが、もしそんな決定がなされているなら、彼らの行動はまもなく禁止されるものをわざわざ開発したことになる。確定している規制を理解できずに投資をするほど愚かな会社だとでもいうつもりだろうか? 少なくともEU理事会はそんな決定をしていない。
6. タイヤやブレーキパッドから出る公害についての規制を行いたい
これはまた新たな分断を生むことになるだろう。ティメルマンス氏の発言を引用すれば「ご存じのように、EVは内燃エンジン車よりも重いからです。そのため、より強力なブレーキが必要で、より多くのタイヤを使用することになります。ブレーキパッドやタイヤから出る公害を減らすようにしなければなりません」とのこと。
これについては欧州委員会の内部で取り組んでいるところでまだ提案はしていないとのことだが、ブレーキとタイヤのダストについては解決のめども立っていない。となれば、ついにBEVも禁止することになりかねない。
理想主義も極まれりと言うべきか。世間が望んでいる「これまでよりちょっと余分にコストを払えば、むしろキラキラして便利で環境コンシャスな生活が手に入る」という幻想を明らかに侵食し始めている。
世界の多くの人は、環境問題に対して貢献することはやぶさかではないと思っているが、そのために無限に犠牲を払えるかと言えば、その許容限度はそれぞれに違う。
分かりやすい話で言えば「昆虫食」みたいなもので、世界から飢餓をなくすために、肉食を減らしましょうとか、牛より豚、豚より鶏のほうが、単位重量あたりの餌の量が少ないから、豚や鶏を選択しましょうというくらいならたぶん多くの人が許容できる。そんなに多くはないかもしれないが、コオロギを食べることを許容できる人もいるだろう。できる人ができる範囲で、世界の問題に貢献するのは原則的には良いことだ。
ただ、そういう状態で肉食を禁止して、現実的な選択肢をコオロギだけにするなどと言い出したら、おそらく多くの人は反発する。理想はともかく、あまりにも急進的な、しかも強制力を伴う規制で現状を変えようとすると支持が得られなくなる。
内燃機関だって同じだ。減らせる範囲で減らしていきましょうという話は同意できるし、それで楽しいEVライフが送れる人は存分に楽しめば良い。ただそこに内燃機関に対する極端な規制や、内燃機関ユーザーに対する極端な批判が入ると、反発を招くのは当然だろう。
欧州委員会はそのラインを踏み越えてしまった。EUの中で反乱が起きたのは、過度な無理強いを進めすぎたからであり、むしろ今後の環境政策を破綻なく進めていくためには、もう少し穏便なやり方があるのではないだろうか。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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