定年延長は「雇い止めがカンタン」「退職金の支払いが遅くなる」──本当か?:新連載「教えて! 労務のギモン」(1/2 ページ)
「雇い止めがカンタン」「退職金の支払いが遅くなる」「労働時間は原則そのまま」──本当でしょうか? 定年延長をめぐってはさまざまな言説があります。法改正から10年が経過し、状況は変わっています。あなたの認識は、もう古いかもしれません。
連載:教えて! 労務のギモン
労務に関するギモンを、会話形式で解決します。執筆は労働法に詳しい株式会社Works Human Intelligenceの社労士・井口克己氏。
ソフトウェア開発会社の人事部で働くAさん。社長から突然、1年以内に定年年齢を65歳に引き上げろと指示を受けました。
現在は労働市場が求職者有利で、中途採用が難しくなっていることに加え、初任給アップブームで新卒学生も初任給の高い企業に流れていき、会社ではしばらく新たな採用の見通しが立ちません。人手不足が加速していくため、その不足分を高年齢者で補いたいということでした。
Aさんの会社の60歳以上の雇用継続制度は、2013年の高齢者雇用確保法の改正時に導入してから、特に見直しはしていません。
60歳で定年してからは契約社員として再雇用し、契約期間は1年間。65歳まで更新可能で、給与は現役時代の50%、正社員の補佐的な仕事が中心で評価制度はありません。定年者からは「身分が不安定で仕事は単調、頑張りが給与に反映されない」と不評でした。
また、現場ではIT化が進んで正社員の補佐的な業務が少なくなり、補佐的な業務を探したり、無理に作り出したりする負担が大きいと評判はよくありませんでした。会社にとっての長期課題として、Aさんも改善が必要だと感じていたところでした。
また、定年延長については、現在の制度を導入した際にも議論されましたが、人件費が増えること、定年予定者の生活設計に大きな影響があることなどの理由で見送られました。
Aさんは、制度を提案してもその時と同じように採用されないのではと不安に思い、大学時代の先輩であるB先輩に相談することにしました。B先輩は、すでに定年年齢を65歳に引き上げている会社の人事部で働いています。
Aさん: 定年延長って人件費が大幅に増加するから大手企業しかできないと思うんですよ。今回社長からの指示で定年延長の導入を検討するんですけど、提案しても却下されるんじゃないかと心配なんです。
B先輩: 人件費の削減を目的にしているのならそういう判断もあるかもしれないけど、今回は長期的な人手不足の解決のためなんだろう。それなら制度の作り方を工夫すれば、会社にとっても、従業員にとってもWin-Winな制度を作れるはずだよ。
Aさん: 本当ですか?
B先輩: ではまず、定年延長がどれくらいの企業で採用されてるか調べてみよう。
定年延長採用の実態
直近10年間の定年延長の導入状況を厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」を見ると、定年延長を実施した企業は12年:14.7%、2022年:25.5%と10年で10%強の増加、そのうち301人以上の企業に限ると12年:6.2%、22年:16.1%と3倍弱の増加となっています。このことから、定年延長は特に大手企業で進んでいることが分かります。
Aさん: この10年で利用企業は増えてるんですね。
B先輩: そうなんだ。13年の法改正の時は、ほとんどの企業が定年延長には様子見で、定年再雇用制度を採用したんだ。でもその後、労働市場がどんどん求職者優位になって、さらに新卒の初任給を大幅にアップする企業も増えて、新たに人を採用する難易度が上がった。その解決策の一つとして、定年延長で高齢者にしっかり働いてもらうことが注目されたんだよ。
Aさん: とはいっても、定年延長の懸念点がなくなったわけじゃないですよね?
B先輩: そうでもないぞ。法改正から10年でさまざまな制度についてできることが明らかになってきた。状況が変わっているよ。定年延長を検討する会社からよく聞かれる質問があるんだけど、誤解であることが多いよ。
定年延長に対する誤解
定年年齢を延長するときに、次のような懸念が聞かれます。
- 賃金や労働時間などの労働条件をそのまま継続しなければならないのではないか?
- 定年後再雇用制度では契約期間を更新しないことができるが、定年延長ではできない
- 退職金の支払時期が定年延長後の退職まで延びる。
それぞれ見ていきましょう。
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