定年延長は「雇い止めがカンタン」「退職金の支払いが遅くなる」──本当か?:新連載「教えて! 労務のギモン」(2/2 ページ)
「雇い止めがカンタン」「退職金の支払いが遅くなる」「労働時間は原則そのまま」──本当でしょうか? 定年延長をめぐってはさまざまな言説があります。法改正から10年が経過し、状況は変わっています。あなたの認識は、もう古いかもしれません。
賃金は減額しても良い?
賃金について、「定年後再雇用制度では切替時に賃金を見直すことができるが、定年延長では賃金を見直すタイミングがないため総人件費が上昇する」という言説があるようですが、定年延長でも賃金を見直すことは可能です。実際に定年延長制度を取り入れている企業では、60歳以降の賃金の見直しが実施されています。
例えば、23年4月から公務員の定年も延長されますが、60歳を超えると給料は3割減になります。
労働時間はそのままが望ましい?
高齢者に限った話ではありませんが、労働時間を柔軟に定める制度の導入が社会的に進んでいます。例えば育児や介護に従事する場合、副業を行う場合、リスキリングに注力する場合などを想定したフレックスタイム制度や週休3日制、ボランティア休暇などです。このため、60歳以降の働き方を従業員自身の考え方に合わせることは可能でしょう。
会社側の理由で「契約を更新しない」はOK?
定年後再雇用制度の場合、契約更新時期に理由があれば、契約を更新しないことが可能という言説があります。しかし13年の高年齢確保法で、企業は65歳までの希望する社員の雇用を確保しなければならないと定められました。
雇い止めをする場合には通常の解雇と同様に、社会通念上、相当と認められる理由が必要となります。契約期間満了というだけで雇い止めをすることは難しいと考えたほうがいいでしょう。
退職金の支払いが遅くなる?
定年を延長すると退職金の支払いも延長後の退職時になるため、住宅ローンや子どもの教育費など退職金を前提に生活設計をしてきた社員への影響が大きい、という話もよく聞きますが、定年延長制度を導入するときに、従前の制度の定年時点で退職金を支払っても退職所得として認められる場合があります。
定年延長制度を導入する際に、退職手当を60歳で支払うか定年延長後の退職時に支払うか従業員と話し合って決めることで、納得のいく制度の構築が可能です。
Aさん: えっ。2013年の検討の時には、労働条件は同条件を継続しなくてはいけなくて、契約社員にしておけばいざというときに契約更新しないことができる、退職金は退職時しか認められない……ということで採用を見送ったのに。今ではこうした課題は解決されているんですね。
B先輩: 全く考慮しなくていいというわけではないけど、多くの懸念は制度設計のなかで吸収できるものも多いね。
Aさん: 定年延長した企業ってどう思っているんでしょうね。
B先輩: 定年延長した企業の声を集めたアンケートがあるから、結果を見てみよう。
定年延長した企業の声
定年延長を導入した企業の声はどうなってるのでしょうか。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が17年12月〜18年1月に実施した『定年延長実施企業調査』(※2)によると、約92.5%の企業が「満足している」又は「やや満足している」と回答しています。効果としては「人手を確保できた」「優秀な社員に働いてもらえた」「遠慮せずに戦力として働いてもらえることができるようになった」などが具体的な効果として挙げられています。
※2:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「改訂版 定年延長、本当のところ」p.32、p.33より
B先輩: 実際に定年延長の導入で満足している企業は多いから、企業の状況にあった制度を設計して運用すれば、たくさんのメリットがだせるよ。
Aさん: 定年延長はメリットが多いんですね。これまでは、単なる食わず嫌いでした。これだけの事例があれば、社長が納得する制度が作れそうです。教えていただいてありがとうございました。
まとめ
求職者優位な労働市場による採用難や、バブル世代・第2次ベビーブーマー世代の定年により多くの企業で人手不足が大きな課題となっています。これらの解決策として定年延長を採用する企業が増えています。
しかし、人手不足のためだけに定年延長しても、従業員が意欲をもって働けるようにしなければ効果は上がらないでしょう。自身の会社の人員構成や事業内容、高齢者にどのように働いてもらいたいかをしっかり精査し、狙いにあった制度を構築することが必要です。
著者プロフィール
井口克己(いぐちかつみ) 株式会社Works Human Intelligence WHI総研フェロー
神戸大学経営学部卒、(株)朝日新聞社に入社し人事、労務、福利厚生、採用の実務に従事。(株)ワークスアプリケーションズに転職しシステムコンサルタントとして大手企業のHRシステムの構築・運用設計に携わる。給与計算、勤怠管理、人事評価、賞与計算、社会保険、年末調整、福利厚生などの制度間の連携を重視したシステム構築を行う。また、都道府県、市町村の人事給与システムの構築にも従事し、民間企業、公務員双方の人事給与制度に精通している。現在は地方公共団体向けのクラウドサービス(COL)の提案営業、導入支援活動に従事している。その傍ら特定社会保険労務士の資格を生かし法改正の解説や労務相談Q&Aの執筆を行っている。
株式会社Works Human Intelligence
人事管理、給与計算、勤怠管理、タレントマネジメントなど人事にまつわる業務領域をカバーする大手法人向け統合人事システム「COMPANY」の開発・販売・サポートを行うほか、HR関連サービスを提供している。COMPANYは、約1200法人グループへの導入実績を持つ。
全てのビジネスパーソンが情熱と貢献意欲を持って「はたらく」を楽しむ社会の実現を目指す。
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