巨大な店舗で「ダラダラ仕事」 それでも米国小売業が成長できるワケ:がっかりしないDX 小売業の新時代(1/5 ページ)
なぜ、巨大な店で従業員がダラダラ働いている米国の大手小売業が、キビキビ働いている日本の小売業より生産性が高く成長し続けているのか――長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。
新連載:がっかりしないDX 小売業の新時代
デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。
日本では2020年からバズワード化したDX(デジタル・トランスフォーメーション)がいまだにバズワードであり続けていますが、世界最大の小売業である米ウォルマートの年次報告書「Annual Report2023」にはDXという単語は1回も使われていません。なお、“digital transformation” は、アソシエイト(従業員)体験向上に関する部分で1回だけ使われています。
一方、100ページある年次報告書に頻出するのは、“omni-channel”(オムニチャネル)であり、冒頭のダグ・マクミロンCEOのあいさつから始まり、51回使われています。
実はウォルマートに限らず、世界有数の超大手小売業は、DXやdigital transformationという単語をあまり使っていません。ウォルマートは2000年にeコマース事業を始め、07年から実店舗を活用したオンライン注文品の店舗受け取りを開始。現在は世界中で8100カ所以上の受け取り拠点と約7000カ所の配送拠点を展開するほどに投資を続けています。
ウォルマートにとってトランスフォーメーションは00年代初頭に行ったことであり、成長戦略であるオムニチャネル戦略を続けているわけです。
国内でDXが長くバズワード化しているのは、日本企業の多くが変革できていない・変革できないからこそでしょう。
著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式Twitter:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0』
日本の小売業が抱える目前の悩み
仕事柄、筆者はさまざまな小売業の中心人物とコミュニケーションする機会があります。その経験と社会的背景をもとにした直近の小売業の悩みは、労働人口減少と人件費高騰により必要性が増している省力化、そして日本では久しぶりのインフレ対応に集約されます。
インフレにより生活者が買い控えするときの対策を小売業の人に聞くと、多くは次のように回答します。
「頑張って価格を維持し、目玉商品は安くして購入意欲を刺激する」
「バンドル販売や大容量訴求することでまとめ買いを促す」
「ポイント施策を強化することで、顧客のロイヤルティを確保して継続購入してもらう」
残念ながら、これらの施策は仕入れ値も上がり続けている状況では続かない一時的な需要の先取りに過ぎません。また、ロイヤルティと一言で言っても、一時的な値下げは心理ロイヤルティを高める効果がないため、値段が上がったタイミングで顧客は去っていきます。
では、どうすれば良いでしょうか?
日本では久しぶりのインフレですが、米国ではインフレが常態化しています。インフレが常態化している米国で成長し続けている小売業から学ぶことは多くあります。
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