「君たちはどう生きるか」大成功で急浮上する、広告の必要・不要論:「宣伝ナシ」で勝つには(2/2 ページ)
宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』が好調だ。公開日を迎えるまで、ほとんど全く事前情報を明らかにせず、広告も展開しなかった。ここでにわかに浮上するのは、「広告は不要なのではないか」という議論だ。なぜ同作品は成功したのか、類似した事例を踏まえながら解説する。
「宣伝しないビジネス」成功例の共通点
宣伝しないビジネスモデルの成功要因は、製品やサービスの革新性や品質において差別化を図って顧客との信頼を積み上げ、ブランドを築き上げたところにある。
「スタジオジブリ(あるいは宮崎駿監督)」「イーロンマスク」「スノーピーク」といったブランドは、「あの人・あの会社が出すモノに間違いないだろう」という信頼を醸成してきた。ブランドのファンになった顧客はこれまでの信頼があるからこそ、他社のサービスやプロダクトと比較検討することなく、ある種の「確信」を持って購入に至るのだ。
こうしたブランドがある企業は広告に頼らずとも、ファンが能動的に情報を仕入れて拡散してくれるという好循環が起きる。
しかしながら、これらの例だけをもって「広告はオワコン」と断じるのは早計だ。ブランドや信頼を確立するために、ビジネスの立ち上げ初期においてはやはり広告が有効な集客手段となることに違いはないだろう。
広告の必要性が薄れるケース
正確には、ファン層が拡大してブランドイメージの醸成が進むにつれて、広告の必要性は次第に薄れていくと、筆者は考えている。そもそも広告の出稿にあたっては、事前に「どんな層が自社のサービスや製品に反応しやすいか」というターゲティングをした上で媒体の選定などを行うものだ。しかし、歴史の長いブランドを有する企業の場合、広告のターゲットは既にファンである可能性が高いという問題点が生じる。
読者の皆さまも、検索エンジンで購入を検討している商品を調べたとき、「スポンサー」という検索連動広告枠のすぐ下に公式サイトが出てきた経験はないだろうか。
例えば筆者が「ヨドバシカメラ」と検索すると、検索結果に2つの同社のECサイト「ヨドバシドットコム」が表示される。このとき、上のリンクをクリックするとヨドバシカメラはグーグルに広告費を支払わなければならないが、下のリンクでは広告費は発生しない。
ヨドバシカメラのブランドを既に知っているユーザーならば、広告を出稿しなくても同社のサイトにアクセスできたはずだ。筆者は広告会社の人間であるため、普段は広告費が発生しない下部のリンクをクリックすることを心掛けているが、多くのユーザーは動線の近い「スポンサー」リンクをクリックしてしまうだろう。
広告の盲点とはここにある。つまり、ビジネスが成功するほど、新規の顧客だと思っていた流入の多くが既に顧客である可能性が高まるのだ。特に広告を打たなくても獲得できたはずの顧客に対しても広告を払うのは、経済合理性を損なってしまう。
このような非合理性も是とした上で、ライバルの参入を妨げる障壁として重層的な広告戦略を打つ場合もある。しかしスタジオジブリのような圧倒的な独自性とブランドを確立しているケースでは、ライバルの参入を心配する必要はないのだろう。
「口コミ」のスピードが映画業界に追い付いた?
広告ではなく口コミで流行が急速に広がる現象は、コロナ禍における鬼滅の刃ブームの立役者でもあるSNSの存在も大きい。
従来、口コミといえば数年単位での地道な活動が必要だったが、情報の拡散スピードが加速化している近年では、わずか数日で日本・世界各地に情報が行き渡るようになっている。
これは、映画がこれまで宣伝に頼らざるを得なかった「初速」の問題を解決する要素となっており、顧客の自然な口コミがこれまで採用されてきた広告媒体と同じか、それを上回るスピードで広がりを見せていることの現れであるともいえるだろう。
宣伝しないビジネスモデルは広告費を抑えられる一方、製品やサービスにおいて他に一線を画す独自のブランドイメージが求められる。
経営者やマーケティング部門の担当者は、自社のビジネスの「武器」と、ビジネス環境の変化を機敏に察知した上で、従来の広告手法とは異なるアプローチを取ることも検討すべきだろう。
関連記事
- スラムダンクの“聖地”は今――インバウンド殺到も、鎌倉市が素直に喜べないワケ
江ノ島電鉄(通称:江ノ電)のとある踏切は、アニメ版『SLAM DUNK』に登場する有名な「聖地巡礼」スポットだ。現在上映中の『THE FIRST SLAM DUNK』の人気で、世の中ではにわかに「SLAM DUNK熱」が再燃している。インバウンド需要も戻ってきている中、あの聖地は今どうなっているのか。現地へ向かった。 - 「水星の魔女」効果すさまじく? バンナムHDが史上最高売上、”1兆円企業”へ王手
「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の人気ぶりがすさまじい。最新話が放送されると毎回といっていいほどTwitterのトレンドに名を連ねるほどの人気ぶりだ。その効果もあってか、ガンダムシリーズのIPを保有する運営会社のバンダイナムコも業績がうなぎのぼりとなっている。 - 苦境のジブリ美術館、クラファンなぜ伸びない? 去年は5000万円→今年は300万円しか集まらず
「三鷹の森ジブリ美術館」への寄付金額が伸び悩んでいる。コロナ禍の入館制限で収入が大幅に減少し、建物を所有する三鷹市は、持続可能な運営を支援するため、ふるさと納税の制度を活用したクラウドファンディング(寄付の募集)を10月から始めたが、目標の2000万円にはほど遠く、わずか300万円しか集まっていない。昨年の1回目の募金では、目標を大きく上回る5千万円近い寄付が集まったにもかかわらず、なぜ今回は振るわないのか。 - 「なぁぜなぁぜ」TikTokでの大流行は、経営学的に必然といえるワケ
TikTokで流行中のフレーズ「なぁぜなぁぜ」。経営学的な視点からひもとくと、「トヨタ自動車」や「ソニー」といった世界的企業の成功パターンといくつか共通点がある。 - 日本のアパレルが30年間払わなかった「デジタル戦略コスト」の代償
「DX」という言葉に踊らされていないだろうか? テクノロジーの急速な進化はアパレル業界全体に不可逆な変化をもたらしている一方で、本質を欠いた戦略で失敗する企業は後を絶たない。アパレル業界における「PLM」もその一例だ。本連載では国内外の最新テック事例を“アパレル再生請負人”河合拓の目線で解き明かし、読者の「次の一手」のヒントを提供する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.