パン店の試食客が2倍に ユニークな「仕掛け」が小売DXに必要なワケ:「小売DXと仕掛学」前編(3/3 ページ)
人々の好奇心をくすぐる工夫で行動変容を促す「仕掛け」を小売業と組み合わせると、どんな化学反応が起きるのだろうか――。仕掛学の第一人者、松村真宏・大阪大大学院教授と小売業のDXに詳しい郡司昇氏が対談した。
「仕掛け」がDXのスターターとして最適な理由
郡司: 日本を米国や中国と比較するとすごくよく分かるのですが、一言でいうと「始めるとやめられない」というのが日本です。
コンビニに行くと、未だにビニールシートとアクリル板が設置されています。店員さんがマスクをしているということもあって、しゃべっていることが聞こえにくいことが多々あります。「お支払いどうされますか?」と聞かれます。「〇〇ペイでお願いします」と伝えても、店員さんにはうまく聞こえない。「○△ペイですね」と言われ、全く違うアプリの画面を見せられる。そういうことが発生します。
やめられない問題って結構大きくって。「やめられないから新しい挑戦ができない」というのは結構感じているところです。小売業でなくてもいいのですが、松村先生はDXの大きな誤りは何があると思いますか。
松村: 大前提として、DXに用いられるデータというのは人の行動履歴なので、人が行動して初めてデータが生まれます。そのデータを使って改善につなげるわけですが、データは最初からあるわけではありません。
データはないところからスタートします。そういう意味では、DXは途中からしか作動できません。そう考えると、仕掛けは人に行動を促すことなので、それによってデータを生み出すことにつながります。DXのスターターとして、仕掛けはちょうどよいのかなと思っています。
データに取れないものの価値
郡司: 例えば小売でいうと、お客さんが買ったもののデータを取ります。商品を仕入れるときのJANコードや物流コードなどのデータはどんどんたまります。
ところが、取れていないデータもたくさんあって、松村先生がおっしゃったような顧客行動などはデータを取ることができません。最近は天井にAIカメラをつけて顧客行動データを取るところもありますが、それでも全部のデータが取れるわけではありません。
私がコンサルティングを依頼された際に最初にやることは、一次情報を自分で体験してつかむことです。実際にお店のお客さんはどういう行動をしていて、店員さんはどんなふうに動いているのか。これはものすごく大事です。
特に本社の人が思っている店の実態と、実際にお客さんが体験している実態は絶対に一致していません。データにできないことはいっぱいあります。データじゃないところにも価値があるというふうに感じます。
松村: データにできないことはたくさんあります。例えば、お客さんが何を買うかは、店に実際に陳列されている商品との関係でも変わってきます。悩んだ末に結局買わなかった、というケースもあります。店側にとって、客が買ったもののデータは分かっても、買わなかった理由のほうが大事なこともあります。そういうのはデータとして取りづらいですよね。
郡司: スーパーマーケットだと店に入った人の9割方はレジまで来ますが、アパレル店などは店に入って商品まで買う人はごく一部で、見たり触ったりして帰る人の方が多い。そうすると、店に入っただけの人たちの行動はデータとして取れていません。データにできないものは自分たちの目で判断しなきゃいけない部分もありますね。(後編へ続く)
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