中国が米テスラに“撤退圧力” 企業が再考すべき「チャイナリスク」とは:世界を読み解くニュース・サロン(5/5 ページ)
「処理水」海洋放出を決めたことで、中国から日本国内の各所に迷惑電話が多発し「中国リスク」というものが浮き彫りに。同様に中国では米テスラへの撤退圧力が強まっており、企業は中国との関係を再考する時期が来ている。
外資企業から技術移転 政府の保護で急成長
テスラと中国の事例を中心にここまで述べてきたが、両者の一連の動きと、そこから見えてくる中国の手法をまとめておきたい。まず、有名外資企業を何らかの特別待遇で中国国内に誘致する。生産部品の一部を中国資本の現地企業に外注させるとともに、外資企業に「技術協力」と称して、中国系企業に技術移転させる。関わった企業は外資企業から教わった技術をベースに、割安で模倣品を作り上げ、競合になる。ノウハウを搾り取った後は、国内法改正などで、もっともな理由を作り、撤退を促すというものだ。
仮にその国内企業が成長した場合は、補助金を提供する。中国には13億もの巨大市場があるため、内需で莫大な収益を得ることが可能だ。政府のバックアップの下、国内の内需で巨大企業に成長し、国外企業を買収するなどしてさらに企業規模を拡大する。細かい点で異なる場合もあるが、大まかにいって、これが中国がよく使う手段だ。
近年は米国の「GAFAM」に対抗する形で、中国にも「BATH」(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)というIT企業群も誕生している。米IBMを買収して世界的なPCメーカーに成長したレノボも、始まりは政府系の研究機関で、海外ブランドのPCを中国国内で販売する中で事業規模を拡大させてきた。同社は、富士通とNECのPC部門を買収し、傘下としている。
こうした動きに対し、経済学者の一部からは「外資企業は中国企業を買収できないにも関わらず、中国企業は政府の保護下に置かれ、資本主義経済のルールにフリーライド(タダ乗り)する形で国外で企業買収を繰り返している」と批判の意見も出ている。対等な関係を指す「相互主義」に反するという指摘だ。
実際、外資を事実上排除する環境下で、ウェイボはTwitter(現X)とFacebook、バイドゥはGoogleとヤフー、アリババはAmazonの、それぞれ代替サービスとして急成長。中国で人気の動画配信サービス「ビリビリ動画」も、日本のドワンゴが運営する「ニコニコ動画」を模倣したものだ。
今回の処理水放出の問題で中国から反発が出ていることで、中国で頻繁に起きている「キャンセル・カルチャー」によるボイコットや輸出規制をするようになれば、ビジネスが打撃を受ける。対日本となると中国は歴史的な感情論も入り混じり、抗議が激しくなることも考えられる。12年には、民主党政権下で行われた尖閣諸島の国有化に抗議する形で始まった反日デモで、トヨタやパナソニックの中国工場が放火や破壊の被害を受けた。
スズキと富士フイルムは中国から撤退
日本企業の中には、すでに中国から撤退した企業もある。自動車メーカーのスズキは22年までに中国から撤退。同年には、富士フイルムも複合機器の工場を封鎖し、中国から撤退した。邦人が中国リスクにより、かなり神経質になりながら生活を強いられている現状と、それが改善する見込みが見えてこない中、中国からこれからも撤退する企業は出てくるだろう。
中国に限らず、一度、企業が海外に進出すれば、撤退は簡単ではない。方法を誤れば、雇用を盾に現地従業員との労働争議に発展する可能性があるためだ。ソニーのように、中国からの撤退を発表した際、従業員が大規模ストライキに踏み切り、多額の補償金を支払ったケースもある。
経済発展で中国国内の賃金も上昇。安い労働力という観点でASEAN地域などの周辺諸国と比較すると、以前よりその優位性は失われつつある。自社が中国に進出していなくても、取引先や提携先の企業が生産拠点の大部分を中国に依存しているケースも考えられる。株主や投資家にとっても、チャイナリスクを見越し、投資先を選定する必要もあるだろう。
米中対立が激化する中、企業は中国との関わり方と「チャイナリスク」というものを再考する時期に来ているのではないか。
筆者プロフィール:
山田敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。
Twitter: @yamadajour、公式YouTube「SPYチャンネル」
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