テスラが直面する「分岐点」 自動車ビジネスの普遍的構造から読み解く:池田直渡「週刊モータージャーナル」(7/8 ページ)
米テスラは今、大きな分岐点に差し掛かっている。すでにメディアにもさまざまな悲観論があがり始めているが、それらはテスラの現状の表層をなぞっただけで、全く本質に届いていない。
販売店を持たないテスラの打ち手
クルマが売れている時に大幅値引きをするバカはいないので、台数を作るほど高値で売れる上、減価償却費も下がってもうかる。逆に売れなければ値引きせざるを得ず、一台あたりの減価償却負担が増えているのに加えて値引き販売もしなければならない。
絶好調時のテスラは工場を稼働率100%以上で回し、宣伝広告もかけずに定価販売をしていたので、驚異的な利益率を達成できた。しかし大量のギガファクトリーを建設した今、供給が需要を上回り、稼働率を落とさざるを得なくなった。
そうなると、販売店を持たないテスラは打つ手が限られてくる。担当営業がロイヤリティ顧客を拝み倒して新車に入れ替えてもらうこともできなければ、ディーラーが自社登録して、わざと中古車にして、つまり訳ありにしてから事実上の値引き販売することもできない。もちろんフリート販売でレンタカー会社に押し込む営業もいない。
打てる手はイーロンマスクがX(旧Twitter)でせっせとポストするか、大っぴらに定価を下げるしかない。つまり、まずは過激な長期投資スタンスによる損益分岐台数の上昇があった。一方で、仮に後手に回る覚悟をしても、投資で取ったリスクを回避する販売面での打ち手はビジネスプラン上、最初から少ないわけだ。
そもそもでいえば20年30年の長期設備投資の回収の間にはエネルギー事情が変わったり、戦争が起きたりという不確実性の高い変化が起きるリスクはどうしても高まる。多少なりとも流れが読める向こう5年くらいの話とは、スパンが違いすぎるのだ。だから、一般に自動車メーカーは新規の設備投資を嫌がる。
当たり前だ。ロシアが戦争を始めることも、ハマスがイスラエルに攻め込むことも、いつ起きるかなど予想できない。中台危機だってどうなるか分からない。雨が降らなくて水力発電が機能しないとか、日照不足で太陽光発電ができないという年もあるかもしれない。そこでネガティブなユーザーエクスペリエンスが広まれば、マーケットの流れが変わることもある。神ならざる身としては、その全てを見通すことなどできない。だからみんな嫌がるのだ。
しかしテスラはそれらを「消極的な姿勢」と決めつけて果断な判断をした。テスラが躍進するにはそういう大勝負に出るしかなかったのかもしれないが、その結果、長期リスクを確定し抱えてしまった。今は窮余(きゅうよ)の策として値下げで対応しているが、抜本的な対策は大規模投資した生産設備に常に見合うだけの販売力を培うしかない。
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