「メルカリvs.タイミー」勃発 スキマバイト市場の“勝者”はどちらになるのか:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)
メルカリが“スキマバイト”事業への参入を発表した。この知らせに「久しぶりにワクワクしてます」と応じたのは、市場のパイオニア的存在であるタイミーの小川嶺CEOである。タイミーが事業を開始してから5年余りが経過しているが、なぜ今、メルカリは市場に切り込もうとしたのだろうか。
スポットワーク業界が「雇用契約」に注力する理由
ここで気になるのが、メルカリやタイミーの「雇用」に絞った契約体系が、いわゆる日本独自のガラパゴス化したサービスではないかという懸念だ。Uber EATSやAmazonの配送代行業者といったスポットワーク・ギグワークに近しい働き口を用意する外資系企業の多くは、顧客満足度を高めるサービスに必要な労働力を「業務委託契約」で調達している。
しかし、今回のメルカリ ハロは「雇用契約による新しい働き方」とリリースページで明記しており、上記のような業務委託契約を中心としてリソースを確保する外資系大手企業とは異なるスタンスでサービスを運用する。
この点について、実はタイミーも22年5月までは業務委託契約に基づくスポットワークの求人も取り扱っていた。しかし近年、業務委託契約によるスポットワーカーの過酷な労働環境や保障の不十分さが社会問題化していることも背景に、業務委託契約での求人形態を終了している。
日本企業がスポットワーカーに対して業務委託ではなく雇用契約を選択する背景には、複数の重要な理由がある。
最大の理由が「偽装請負の回避」にあると考えられる。偽装請負とは、実態が雇用契約であるにもかかわらず、業務委託契約を締結することで社会保険や労災保険などの加入を回避したり、最低賃金や夜間割増賃金などの支給を回避したりするために行われる違法行為だ。業務委託契約であれば「解雇」ではなく「契約の終了」で簡単にクビを切れる点でも、業務委託契約は雇用契約と比較して労働者側の権利が著しく制約されることになる。
タイミーがサービス開始以来3年半提供してきた業務委託契約での求人形態を終了させたのも、業務委託契約のスキームにおける労働者の安全・保障整備が世界的に問題視されている潮流を受けたものだ。このように考えると、スポットワーカーに対して確実に雇用契約が締結されるプラットフォームの運営方針は、ガラパゴス化しているというよりも、むしろ海外より先進的に労働者の権利を守ろうとしていると言えるだろう。
もちろん、雇用契約が一般的な日本の労働市場と親和性が高いという側面があるだろうが、近年ではフリーランサーや個人事業主として働く人口が増加している中で、水面下では過酷なノルマや実質的に最低賃金を下回る個人事業主の存在も社会問題化しつつある。メルカリやタイミーなどのスポットワーク市場が整備されてくれば、本来業務委託で働く必要のない人々の受け皿としてもスポットワークアプリが機能してくる可能性があるだろう。
スポットワーカー、企業はどう活用すべき?
最後に、ここからはメルカリ ハロでいうパートナー(事業者)の立場になって、このようなサービスをどのように活用していくべきか検討したい。
まず、スポットワークは、需要の変動に応じて柔軟に人材を配置できる利点がある。企業は、特定のイベントや繁忙期に応じて迅速にスタッフを増やせる。その一方で、スポットワーカーも雇用契約に基づき、労働法規にのっとった取り扱いが求められる。特に、最低賃金の保証、労働時間の規制、適切な労働条件の提供などが含まれるため、企業側としては業務委託人材と比較すると管理面でのコストがかかる点には留意しておきたい
また、実際に必要な時のみ労働力を利用することで、全体的な労働コストを最適化できる代わりに、時間あたりの単価は高くなる傾向があるものの、例えばスポットワーカーの中で企業風土にマッチするような労働者に対しては長期/正規雇用への転換なども見越した条件の改定なども選択肢に入ってくる。
企業が中途採用を行う場合、代理店やエージェントに求人広告を出したり、紹介をしてもらうために、時には求職者の年収と同じくらいの金額を報酬として支払ったりすることがある。しかし、スポットワーカーで実際に働きながら互いの人柄や企業風土などの理解を深めていくことで、ミスマッチの防止にもつながるため、人手が必要な事業者にとって、低コストで試験的な採用活動としての活用方法も想定できる。
今後、メルカリの参入によってタイミーとのシェア争いが発生していくことが予見されるが、労働者にとっては選択肢が増えるという点でプラスに作用してくる可能性が高い。またタイミー側は、メルカリが参入するまでの5年間のリードタイムで、特に飲食店などにおいてサービスが浸透した。盤石なシェアを確保した業界基盤は、独自の強みとして今後も発揮されてくるはずだ。
サービスの強みを維持できれば、メルカリといえどもその基盤を崩すことは難しい。むしろ、メルカリがスポットワーカー市場に参入することで、自社の会員に「そのような働き方があるのか」と知らせてくれるメリットもある。つまり、メルカリのような大きな会社の参入は、スポットワーカー市場そのもののパイを大きくする可能性も秘めている。差別化できるサービスは、パイの拡大によって恩恵を受ける可能性もあるのだ。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら
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