宝塚パワハラ事件 経営者の醜い責任逃れは、なぜなくならないのか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
「確認できなかった」「知らなかった」──企業の不祥事が起こるたびに、こうした経営者の言葉が繰り返されてきた。なぜ、経営者の醜い責任逃れをするのか。ハラスメントはどうしたらなくなるのか。
パワハラは「個人間の問題」ではない
「過労自殺」という言葉を最初に使ったのは、今回遺族側の代理を務める川人博弁護士です。
それまで長時間労働による突然死である「過労死」という言葉は知られていましたが、川人弁護士の調査で、長時間労働だけでなく、重い責任、過重なノルマ、達成困難な目標設定、上司からのハラスメントなどで、業務における強い心理的負荷を原因とする自殺による会社員が増えていることが分かり、1998年に自著 『過労自殺』(岩波新書)の中で初めて、「過労自殺」という言葉を使ったのです。
その後、過労自殺に関する調査はいくつか行われ、過労死は週50時間勤務でリスクが増大し、過労自殺は組織的モラハラ(パワハラ)が引き金となることも分かっています。
私はこれまで「パワハラがなくなれば元気な組織になるわけじゃない。元気な組織を作ればパワハラは生まれていない」とたびたび訴えてきました。
それは「パワハラは個人間の問題」ではなく、「パワハラを生む組織の問題」だという意味です。
パワハラやいじめが発生しやすい組織にはたいてい、権力の不均衡が存在します。階層組織の上層部の人がより大きな力を持ち、知識の差、経験の差、スキルの差の有無で、下が上に抗えない状況になり、上は「指導」という名目で権力を武器に下の心を傷つけます。
また、そういう組織は共通して、時間的切迫度が高く長時間労働が常態化しているため、ストレスにさらされた「上」が、自分たちのフラストレーションを暴言という形で「下」にぶつけたり、自分の立場を守るために、同僚をいじめるケースも存在します。
くしくも宝塚のOGが、「自分は加害者だった」とテレビ局の取材に答えたことが話題になっていましたが(参照)、「上の行い」を下はまねるようになる。だからこそ、ハラスメントは「組織の問題」として、経営幹部が真摯(しんし)に「自分たちの責任」と向き合い、二度と悲劇を生まないための「義務」を果たさなければならないのです。
その義務と責任を果たさない人が、権力の座につくべきではありません。ましてや「確認できなかった」「知らなかった」「現場に任せてあった」「企業体質の問題ではない」「組織的な不正ではない」などと無責任な対応をする経営幹部には、司法の場で責任を追及できる法律を制定することも極めて重要だと考えているのですが、残念ながらそうした動きはありません。
ハラスメント防止法に「禁止」の文字を入れればいいだけなのですが、その議論さえおこる気配がありません。世界の先進国では当たり前に「禁止」しているのに。いったいどこまでこの国のお偉い人たちは、人の命を軽んじているのでしょうか。
欧州では、経営者を養成する機関で「いかなる状況でも『働く人の尊厳』を傷つけ、『屈辱的で劣悪な労働条件』をつくるモラハラを絶対に許すべきでない」という教育が行われ、学校でも子どもたちに教える取り組みが進められていると聞きます。
「労働者である以前に人間である」──。この当たり前のことを、私たちは置き去りにしているように思えてなりません。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)がある。
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