トヨタの凄さと嫌われる理由:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/5 ページ)
トヨタ車は、信頼性が高く実用的で、社会適合性が高く、かつオーナーの欲望がむき出しにならないクルマだ。だから役に立たないスポーツカー選びではなく、現実に取材のアシとして、あるいは別の趣味としての自転車を積んで出かけようという話になった場合、トヨタの製品は俄然候補に上がってくるわけだ。
習慣化した原価低減
そんな魔法があるなら苦労しない。そう思うのが普通だ。それでも一例を挙げれば、ヴィッツと後継車のヤリスは乗り比べれば明らかなクルマの出来の差がある。ヤリスが圧勝している。にもかかわらず、シャシー単体で比べるとヤリスの方が安い。時代とともに義務付けられていく安全装備や、ADASなどの差で最終的な完成車の価格は上がっているが、そういうコストダウンがなければもっとはるかに高くなっていたわけだ。そのあたりは過去記事で詳細な説明をしているので、興味があれば参照してほしい。
乱暴にいえば、販売増は客任せ。自社でベストを尽くしたとしても結果は神のみぞ知る世界だ。トヨタをもってしても、北米で大不況が起きたら従来通りに売れるわけがない。売上増の戦いには不確定要素が多い。しかしながら、コスト低減は、やれば必ず結果は付いてくる。裏切らないし確実なのだ。赤字をなんとかするという課題を与えられた時、経費削減の嵐が厳しく吹き荒れるのはそういうわけだ。
歴代ランドクルーザーはトヨタを代表する名車。現行フラッグシップの300系は、売れ過ぎて受注停止中。モノコックフレーム全盛期において、少数派で専用設備を求められるラダーフレーム構造によって、他モデルとの混流生産が難しいことが増産のネックになっている
そんな中、トヨタは経費削減をすっかり習慣として取り入れてしまった。あの決算結果を見れば、一人ひとりの社員が人一倍の努力をしているのは伝わってくる。しかも、無理のある削減をしていない。それで儲(もう)かる形をもう作り上げているのだ。そうなるともう儲けることに集中力はいらない。息をするように利益を上げられるようになる。本来事業とはそうあるべきなのだ。
例えばプロ野球のピッチャーはストライクゾーンに球を投げることを目的にしたりしない。狙ったコースに投げ込めるのは当然だ。その上でコースと高さと球種と速度を自由に変えてピッチングを組み立て、バッターを打ち取る。目的はそこになる。コントロールは手段に過ぎない。手段のレベル、つまりストライクゾーンに投げ込めるかどうかで四苦八苦するようなポンコツは生き残れない。
トヨタの強さの秘密がどこにあるかといえば、止まることなく、かつクオリティーを犠牲にすることなく原価低減を進める力である。それは決算を見るたびにすごいと思う。他社でこれが継続的にというか、欠かすことなく毎年できている会社はほとんどない。
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