トヨタの凄さと嫌われる理由:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
トヨタ車は、信頼性が高く実用的で、社会適合性が高く、かつオーナーの欲望がむき出しにならないクルマだ。だから役に立たないスポーツカー選びではなく、現実に取材のアシとして、あるいは別の趣味としての自転車を積んで出かけようという話になった場合、トヨタの製品は俄然候補に上がってくるわけだ。
なんだかなぁ? というミッションの真意
ではトヨタの事業のミッションは何か。それは「幸せの量産」であり、そのためのビジョンが「可動性を社会の可能性に変える」である。つなげれば「可動性を社会の可能性に変えることで幸せの量産を実現」することだ。
たぶん、ここでかなりの人が「なんだかなぁ」と思うのではないか。幸せの量産とかいわれても、あまりに優等生発言過ぎる。そんな日めくりカレンダーの名言みたいなのではなくもっとリアリティーのある言葉が欲しい。そう思うだろうと筆者も思う。
けれども仮に「あなたの人生の価値はつまり預金残高である」といわれたら「その通り」と思えるだろうか。われわれは日々の生活に汲々(きゅうきゅう)とするあまり、とにかく儲けようと考えがちなのだが、いざ面と向かって儲けこそ人の価値だと言われると、それもすんなりは飲み込めないはずだ。
トヨタはもうストライクゾーンに球を投げることに苦労はしていない。金を稼ぐのは息をするのと同じで、得意の原価低減がある限り、よほどの経済危機でもなければ続けられる。
大事なのは、儲けた金で何をするのかだろう。そこに幸せの量産がある。もう少し噛(か)み砕いていえば、彼ら自身が生み出したトヨタ生産方式によって、優れた製品やサービスを生み出し、それで社会を幸せにしようとしている。「われわれは潤っている限りそうやって社会に役立っていきます。だから社会に居させてください」そういうことだ。
我が事としてみても、社会的に見た筆者の価値はおそらく原稿にしかない。それはつまり読者のみなさんの好奇心をわずかでも刺激して、人生にほんの少し楽しいと思わせる記事が書けているのであれば、社会に居させていただいてよいですか? ということでしかない。つまるところ人は「お前生きててよし」と思ってくれる人々に生かされているのだと思う。
さて、だいぶ長くなった。トヨタはなぜ嫌われるか。それは彼らの核にあるのが原価低減だからだ。それ自体はちゃんと社会を幸せにする資質なのだが、どうやったってビッグマウス的に大きな夢を見せる話ではない。バラ色のホラを吹いてくれない。おそらくそこには不満がある。なんかスゲー夢でワクワクさせろという期待の裏返しである。
そして儲けることに命懸けの人々から見ると、どうやったって自分と同類に見えない。なんとも簡単そうに儲けて、その上で「幸せの量産」などと、上品な言葉を唱えている。そこにシンパシーを感じることができないのだと思う。
けれども、伝わるかどうか分からないけれど、世の中に簡単な金儲けも簡単な仕事もない。それはわれわれが一番知っているのではないか。われわれだってサボっているから貧乏なわけではない。これでも努力をしているし、努力をしているから飯が食えている。だったらトヨタだって、外から見るほど簡単に稼いでいるわけではないと考えるべきではないだろうか。
プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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