政府は、社会保険の加入や非扶養者の制限を外れることにより手取り収入が減少する人に向けた対応策を発表しました。「年収の壁・支援強化パッケージ」と呼ばれるもので、10月20日より実施されています。
発表から1カ月、どの程度企業で活用されているのでしょうか? 対応策の中には助成金を支給するものもありますが、首都圏の企業に絞っていうと、意外と反応が薄いように感じます。今回は、その理由や年収の壁対策の対象となる人や政府の狙いについて、社会保険労務士の筆者が解説します。
年収106万円と130万円の壁 そもそも何が違うのか?
年収の壁についてテレビやネットなどの記事で解説を聞いたり、読んだりしてもいまひとつピンとこない人は多いのではないでしょうか? それは106万円の壁と130万円の壁が適用される前提条件が異なるからです。従業員が社会保険に加入しなければならない要件は、会社の規模により異なります。従業員数が101人以上の企業に勤めているパート社員や派遣社員は、次の要件を全て満たした場合、社会保険に加入しなければなりません。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 所定内賃金が月額で8万8000円以上
- 2カ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
年収106万円の壁には、(2)の所定賃金が8万8000円以上という要件が該当します。月8万8000円を超えると、年間で106万円超になる可能性が高いからです。なお、所定内賃金は、毎月決まって支給される基本給を指し、残業代や交通費、皆勤手当のように臨時に支払われる賃金は含まれません。
100人以下の企業では、社会保険の加入要件は週の労働時間30時間以上の人が対象となっており、(2)の要件がないので所定内賃金106万円の壁は論点にはなりません(2024年の10月からは50人以下の企業も対象となります)。
一方、130万円の壁は、配偶者や両親が厚生年金に加入している人が対象となります。年間の収入が130万円以内であれば、厚生年金の3号被保険者として社会保険料や健康保険料を納めなくても済みます。
社会保険に加入すると、給料から厚生年金や健康保険料が控除されます。130万円を数万円程度上回った場合、毎月の手取りが1万以上減少してしまうため、額面上の収入は増えても手取り収入が減るという状況になってしまいます。配偶者や両親が自営業で厚生年金に加入していない場合は、そもそも扶養という要件がないので130万円の壁は存在しません。
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