政府が対応案を出した背景
では、なぜ政府は今回「年収の壁・支援強化パッケージ」を発表したのでしょうか。要因は、10月に施行された最低賃金のアップに伴い10月以降、労働時間が変わらなくても社会保険に加入しなければならない人が増えたからです。
東京都を例に考えてみましょう。23年9月までの最低賃金は1063円ですので、月80時間働いた場合の賃金は8万5040円と、社会保険の加入要件である8万8000円を下回っています。しかし、10月以降は1113円に値上がりしました。月80時間働いた場合、8万9040円と8万8000円を上回り社会保険の加入要件の一つを満たすことになります。
最低賃金の上昇に伴い、社会保険に加入しなければならなくなる人達が一定数発生する可能性が制度施行を後押ししました。もう一つは、社会問題になっている人手不足への解決策という位置付けです。年末から年始にかけて小売店を始めとするサービス業などは、繁忙期を迎えます。扶養の範囲内で働く時間を制限していたパート社員にもっと働いてもらえるようにしたいという考えがあります。
今回の施策、どんな人が対象になる?
政府が用意した対策は、106万円と130万円の壁の種類によって異なります。106万円の壁に対して用意されたのは、社会保険に加入する際に手取りが減少した分、労働者へ社会保険適用促進手当の支給という名目で賃金を増加させた企業へ助成する制度です。キャリアアップ助成金という以前からあった助成金に社会保険適用時処遇改善コースというものを追加しました。
最大で企業に3年間、労働者1人当たり50万円が支給されます。企業当たりの人数制限がないので10人該当者がいれば、500万円が支給されます。労働者に直接、お金が入るわけではありませんが、助成金制度によって企業からの手当支給を促すスキームとなっています。また、報酬が上がれば、それに比例して社会保険料控除の額も増えていくのですが、社会保険適用促進手当は社会保険料控除を算定する計算から除外(2年間の限定措置)されるので給与から引かれる額を抑制してくれます。
ほかにも労働時間を延長することにより、社会保険に加入する労働者がいる企業にも助成されます。ただし新たに社会保険に加入した人がいれば申請できるものではなく、半年以上1つの企業に雇用されていて社会保険に加入していないという要件が加わります。
130万円の壁に用意されているのは、人手不足による一時的な収入変動による旨を企業(事業主)が証明することによって、年収130万円を超えた労働者を引き続き被扶養者として認定する制度です。
一時的な収入増であることの事業主の証明書を提出すれば扶養者として引き続きとどまることができます。10月20日以降の被扶養者認定と収入確認に適用され、それ以前にさかのぼって適用されることはありません。労働者にとっては、年収130万円以内という上限を気にせず働けるようになり、企業側も対象労働者が社会保険に加入した場合の会社分負担を免れることができます。つまり労使の双方にメリットがある施策です。
提出は被扶養者が勤務している企業ではなく扶養者が勤務している企業から健康保険組合に提出します。複雑そうに思われますが、押印なども省略されているのでそれほど時間はかからないものと思われます。ただし一時的な収入の増加であるため、連続で2回までの措置となっています。
関連記事
- 初任給40万円超、でも残業80時間込み ベンチャーで増える給与形態、狙いや法的問題は?
サイバーエージェントが昨年、残業代80時間分を含む形で新卒の初任給を42万円に設定した発表は記憶に新しいでしょう。9月には人材事業などを手掛けるベンチャー企業・レバレジーズが同様の発表をしました。固定残業時間と大幅な初任給引き上げを実行する企業の思惑を、判例とともに考えてみたいと思います。 - 大事な会議の日に有休 部下の申請、断れる? 経営者が使える武器とは
重要な会議の日にいつも有給休暇を申請してくる部下がいます。会議に参加してほしいのですが、有休取得は権利なので強く言えずにいます。有休取得を断ることはできるのでしょうか? - ビッグモーターの「降格人事」 もし裁判に発展したら、結果はどうなる?
ビッグモーターの保険金不正請求問題によって、工場長がフロントへの降格処分を受けていることが明らかになりました。仮に彼らが降格処分の妥当性について裁判に踏み切った場合、どのような処分が下されるのでしょうか? 社会保険労務士の筆者が過去の事例をもとに考えてみました。 - リスキリング実施で「失業手当」給付の前倒し 社労士が語る実態とリスク
リスキリングの実施有無で、自己都合による「失業手当」給付の前倒しが可能になる――そんな提案を国がしています。果たして現実的でしょうか? 実態とリスクについて、社会保険労務士の筆者が解説します。 - 約8割の中小企業が受発注にFAXを使用 DXが急務な中でもやめられないワケ
「日本の中小企業の75.8%は受発注をファックスでやり取りしている」――そんな結果が明らかになった。DXが叫ばれている中、なぜ中小企業のファックス使用はなくならないのか?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.