ソフトバンク・ビジョン・ファンド“参謀長”に聞く 日本発スタートアップへの投資が少ない理由
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)で「参謀長」と呼ばれている佐々木陽介さん。SVFはどんな投資手法をしているのか。なぜ海外の投資先が多いのか。佐々木さんに聞いた。
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)で「参謀長」と呼ばれているのが、チーフオブスタッフ兼CEO室長の佐々木陽介さんだ。佐々木さんはChief of staff、日本語で言えば「参謀長」として、CEOの補佐役や、ソフトバンクグループ(SBG)とのパイプ役をしている。
佐々木さんはメガバンク出身で、SBGでも財務畑を歩んできた。SVFで数々のスタートアップへの投資を手掛け、今はロンドンを拠点にしている。出資先の多くは海外の企業だ。 SVFはどんな投資手法をしているのか。なぜ海外の投資先が多いのか。佐々木さんに聞いた。前編記事【運用額1500億ドル超 ソフトバンク・ビジョン・ファンド“参謀長”に聞く「圧倒的な強み」】に続いて、お届けする。
佐々木陽介(ささき ようすけ)ソフトバンクインベスメントアドバイザーズ マネージングパートナー、チーフオブスタッフ兼CEO室長。1999年東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2003年ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)に入社。財務部にて、買収ファイナンス、M&A案件などを担当。複数のポートフォリオ会社のマネジメントを歴任したのち、SBインベストメントアドバイザーズの設立に携わる。現在、ソフトバンク・ビジョン・ファンド1を運営するSBインベストメントアドバイザーズのロンドンオフィスに勤務するかたわら、東京オフィスの共同代表も兼務。また、アーリーステージにフォーカスしたAI特化型ベンチャーキャピタル、ディープコアのアドバイザー兼投資委員会メンバーや、本田圭佑氏の率いるファンドX&のアドバイザーも務める。渋谷区アドバイザー。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA
ユニコーン、デカコーンへ投資 リスクは?
――SVFの投資対象の多くは海外のスタートアップで、日本発の企業は少ないですね。これは日本には魅力のあるスタートアップがあまりないということなのでしょうか。
そういうわけではありません。いい会社もたくさんあります。実際に、日本の投資先の1つにAIによる契約書審査サービスの「LegalOn Technologies」(リーガルオンテクノロジーズ)といったスタートアップがあり、米国進出のサポートをしたりしています。
SVFの投資先に日本企業が少ないのには別の理由があります。SVF1は企業価値が10億ドル以上と推定される未公開企業を中心に投資しているファンドなのですが、この投資の規模感に合うスタートアップが日本には少ないからですね。
SVFではユニコーンだけでなくデカコーン(100億ドル、約1兆5000億円を超える巨大未上場企業)になりそうな企業に投資をしています。日本発の企業の場合、スタートアップからユニコーンまでいく企業はあるものの、その段階で国内企業の傘下に入ったり、上場してしまったりするなど、そのままデカコーンまで大きくなる企業は多くありません。
――なるほど。国内のスタートアップに投資するファンドも少なくないわけですが、同じファンドでも、投資の規模感にかなりの違いがありますね。
例えば10億円を投資して、10億円が100億円になればいいなと期待できる企業であれば日本をはじめ、世界中に多くあります。これがSVFになると、100億円を投資して1000億円になってほしいという規模感ですから、投資のロットが大きいわけですね。
――100億円の資金を一気に入れられるスタートアップが日本には少ないわけですね。今の話はどちらも10倍の例ですが、10億円を100億円にするのと、100億円を1000億円にするのとでは全く違う話です。具体的な投資の手法としては、どんな違いがあるのですか?
投資する会社のステージが全く違うのです。例えば若い会社への投資では、10億円規模の投資になります。SVFの場合、そういった会社がある程度できあがってきて、上場手前から上場に向けての最終段階を中心に投資しています。
スタートアップのステージとしては「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」そして「IPO」といった分類をするのですが、SVFはレイターとIPOの間のステージで投資することを得意としています。
――上場で株価が大きく跳ね上がることが多いのはよく知られています。まさに投資の“スイートスポット”なのだと思います。利回りでも狙い目と言えるのでしょうか。
そういう意味で言うと、IPO直前の方が、実は倍率は低いですね。例えばアーリーのステージで1億円を投資したら、それが本当にうまくいったら1000倍の1000億円になるかもしれない。ただ、0になる可能性も高いわけです。
レイターの方が、ある程度トラックレコード(運用実績)や顧客もついているので、ゼロになる可能性は少ない分、1000倍になることはありません。ただ一般的なIPOの例のように、10倍ぐらいにはなります。
――つまり、低リスクの投資形態というわけですね。
大きいお金を張っているから派手に投資しているように見えるかもしれませんが、実は逆なんです。倍率は低いけれどその分、レイターの会社に大きいお金で手堅く投資しているわけですね。
ただ、ソフトバンクグループとしてアーリーステージの企業への投資を全くしていないわけではありません。SBGではSVFとはまた別の取り組みとして、AI特化型ファンド「Deepcore」(ディープコア)を通じて、アーリーステージのAI系スタートアップへの投資をしており、私も1年ほど前から手伝っています。この中には国内のスタートアップも多く入っていて、育成の支援をしています。
ディープコアはSBGのグループ企業ではあるのですが、SVFとは異なり、日々の判断や投資の意思決定に孫正義会長兼社長は関わっていません。AI特化型で運用しているのが特徴で、ファウンディング・パートナーにはSBG社外取締役でもある東京大学の松尾豊教授が入っています。
――レイターのスタートアップに投資する際、どういったところを見ているのでしょうか。
レイターの場合、基本的にどの会社もトラックレコードがありますから、そこを重点的に見ます。顧客がこれだけいて、プロダクトがこれだけ売れている。そうすると今までこう伸びてきたから、来期はこう伸びるだろうといった感じですね。そして今までこう伸びてきたのをさらに伸ばすために、このように投資しようといった形で投資計画を立てます。
――これがアーリーステージの企業の場合は、どう見方が変わってくるのでしょうか。
アーリーになると、まだ顧客がついていない企業も多いですので、見るところが全く変わってきますね。最初になればなるほど、経営者の人物重視になってきます。この経営者は本当に事業をやりきれるのかとか、何かあったときに事業をきちんとピボット(軌道修正)できるのかなど、そういった部分ですね。
その点アーリーの場合、連続起業家の方は有利ですね。一度会社を創業して成功させた経験がありますので、その信頼と実績からアーリーの段階でも投資が集まりやすいのです。SVFが得意なのはレイターなので、トラックレコードを見ながらがっちり分析して「これならいける」と論理的に投資する感じになりますね。
――レイターステージでの投資になると手堅い分、競争が激しい面もありそうです。実際にはどうなのでしょうか。
近年では成長が見込めるスタートアップに投資が集中していて、スタートアップ側が投資会社を選ぶ状況になっています。そのため、早い段階で投資した投資会社がそのスタートアップを囲い込んで、他の投資家の参入を阻むことが珍しくありません。
本当にIPO直前から投資しようとしても新規参入できないことも多いですから、そうなると、もう少し前の段階からコミュニケーションしていくことも必要になってきます。このような形で、もともとはレイターだけに投資していたものが、ミドルの段階から徐々に投資していくようになるなど、ステージが降りてくることも起こっています。
高まる生成AI投資への関心
――最近は生成AIへの投資家の関心が非常に高まっています。佐々木さんはどのように見ていますか。
最近、生成AIのど真ん中の会社は、バリュエーション(企業価値)がかなり高い会社や、正当化するのが難しい会社もあります。
生成AIの周辺領域にも目を向けています。例えばAIに特化した半導体から、ソフトウェア、ハードウェアを含むフルスタックのAIプラットフォームを提供するソリューションベンダー、米SambaNova(サンバノバ)のように、生成AIを使った何かに取り組んでいる企業にも出資しています。
――SBGの子会社の英Arm(アーム)も、生成AI時代に低消費電力で動作するチップ開発に定評がある企業です。
そうですね。米OpenAIやカナダのCohere(コヒア)といった生成AIそのものを開発する企業ももちろんですが、生成AI時代になった際に半導体の数が増えて消費電力が増えるという課題を見越した上での投資ですね。このような形で、生成AI企業のバリューが上がりすぎてしまったとしても、その周辺ではまだ、いろいろな切り口があると思います。
やはり投資なので、どんなにいい会社でもバリュエーションが高すぎたら勝つ可能性が低くなります。一方、新しい切り口がその企業にあったとしても、事業自体が伸びなければ当然バリュエーションも上がりません。そのバランスを見ながら投資をしています。
3回目【孫正義の「先を見通す力」とは? ソフトバンク・ビジョン・ファンド“参謀長”明かす】は21日午前8時に公開します! お見逃しなく!
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