自ら“窓際社員”になる若者──「静かな退職」が増えるワケ:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(1/3 ページ)
最近の若い人たちは、人生設計がしっかりしている。しかし、仕事のプライオリティは確実に下がっている──。そんな悩みを、リーダー職に就く方々から聞くことがよくあります。米国では「必要以上に一生懸命働くのをやめよう」という「静かな退職」が話題になりました。なぜ、このような現象が起きるのか、そしてマネジャー層はどのように対応すべきなのか。健康経営学者の河合薫氏が解説します。
先日、リーダー的立場に就く40代後半の女性会社員数人と会合がありました。興味深かったのは、女性たちが口をそろえて「今の若い人たちは、子どももちゃんと計画的に産むし、男女問わず育児休暇もしっかり取る」と話したことです。
「私なんて、気付いたら出産年齢過ぎちゃっていたけど、今の若者たちはしっかりしている」「私なんて、気付いたら結婚していなかったけど、今の若い世代は人生設計ちゃんとしている」と、若い世代の堅実さを訴えていました。
しかし、その一方で「仕事のプライオリティが確実に下がっている」「もう少し頑張ってほしいけど、パワハラになるから言えない」と頭を抱えていたのです。
その中の一人、某大手企業の課長職の女性はこう話します。
「やっぱり世代間格差なんでしょうか。仕事に距離をおく若い社員との扱い方が難しい。私たちの頃と違って、転職のハードルも低いですから、プレッシャーになるようなことも言えません。
以前、河合さん(筆者)もコラムに書いていましたけど、米国でも『静かな退職』が流行っているんですよね? 向こうは日本と違って賃金が高いから、静かな退職という働き方に向かうのは理解できます。でも、日本は賃金が低いわけですから、頑張って自分でキャリアアップしていかないと、ダメだと思うのですが、若い世代からそういう貪欲さを感じることがほとんどありません。どうしたら彼らのモチベーションを上げられるのでしょうか」
このように、彼女たちは若手に対し「生き方も働き方も、自分たちの世代とは全く違う。ジェネレーションギャップがありすぎてやりづらい」と、悩んでいたのです。
世代間ギャップではない、「静かな退職」問題の本質
「静かな退職」とは、Quiet Quittingの邦訳です。
「ハッスルカルチャー(仕事を全力で頑張る文化)はもう古い。必要以上に一生懸命働くのをやめよう」というような主張を体現する行動を意味しており、数年前に、TikTokで@zkchillinというアカウント名の男性が使ったことで広く知られるようになりました。
「Quiet Quittingという言葉を最近知った」というフレーズから始まる@zkchillinの動画は、「これは何も仕事を辞めることではないんだよ。もう、無理をして必要以上のことをしないってこと。仕事を全力で頑張るハッスルカルチャー的考えをやめてもいいかなぁって。だって、仕事だけが人生じゃないし、人の価値って仕事の成果で決まるもんじゃないしね」(筆者訳)と続いています。
(原文:“I recently learned about this term called ‘quiet quitting,’ where you’re not outright quitting your job but you’re quitting the idea of going above and beyond. You’re still performing your duties but you’re no longer subscribing to the hustle culture mentality that work has to be your life. The reality is it’s not, and your worth as a person is not defined by your labor.”)
さらに男性(@zkchillin)は、「もし、あなたが嫌な思いをしているのなら、早く逃げて! あなたの心の平和が一番大切なんだよ」(“If you’re miserable, get outta there! Your peace of mind comes first.”)と呼びかけ、コメント欄には賛同する意見が多数集まりました。
この動画は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが取り上げさらに話題を呼び、「静かな退職」の肯定派と否定派が、激しい議論をぶつけ合うまで発展します。
肯定派の多くは、“Work is not your life”という言葉に共感し、「静かな退職」は仕事のストレスをためないで、自分らしい人生を手に入れるための働き方と主張します。
否定派は「『静かな退職』だって? それって単なるサボりでしょ?」と一刀両断し、「最低限の仕事しかしないなんて、信じられない」「成功できなくなるぞ」「そんなことしていたら、どんどん怠け者になっていくぞ」「私は仕事を100%全力でやる人しか歓迎しない」「上司のマネジメントが悪いから、『静かな退職』なんて言い出すんだ!」「承認欲求はどうやって満たす? 昇進も昇給もしないんだぞ?」「できるもんならやってみな。そんなことやっていて成長できるわけないじゃん!」などと、かなり攻撃的でした。
日本では「ジェネレーションギャップ」という、言語明瞭、意味不明の流行り言葉で片付けられそうですが、それと比較して上述の反応は米国らしいというか、激し過ぎるといいますか。ストレートな意見でぶつかり合うことを好むのが米国人なのです。
一方、日本では「静かな退職」を「Z世代の新しい価値観」のように取り上げているメディアがありましたが、これは世代差の問題ではなく「働き方のパラダイムシフト」です。
関連記事
- ハラスメントを恐れるあまり……中高年が自ら「働かないおじさん」になる現象
「働かないおじさん問題」が言及されて久しい。中高年の社員がやる気を失ってしまう一因として、下の世代に対する過剰な気遣いや、ハラスメントへの恐怖があるのではないだろうか。中高年の社員が置かれている現状を変えるには、どうしたらいいのか。 - 元気そうなのに……サーベイで「要注意」と出た部下 どう接する?
普段接しているときは特に問題なさそうに見えたのですが、会社の従業員サーベイ結果で「要注意」と出たメンバーがいます。もしかして裏表があるのでしょうか? - 「悪気はなかった」は通用しない ハラスメントする人が無意識に押し付ける“思い込み”とは?
管理職として異動してきたAさん。早くメンバーと親しくなろうと一生懸命コミュニケーションを取りました。ところが、ある日突然、Aさんは人事部から「ハラスメント行為を行った」と呼び出されたのです。 - 管理職は「感情労働」 反発する部下やプレッシャーをかける上司と、どう戦う?
業務量の増加や世代間ギャップなど、管理職の悩みは尽きない。生き残りに必死でプレッシャーをかけてくる上司や経営層と、労働環境に不満をため込む部下に挟まれ、現場で孤軍奮闘する。そんな現実の中、管理職はどのように自分の仕事をとらえ、働くべきなのか──? - 自爆営業の推奨、未達成で給与減額──「過度なノルマ」は違法にならないの?
私が働く業界は、伝統的に営業ノルマが厳しい業界です。パワハラまがいの叱責、自爆営業の推奨、ペナルティとしての給与減額、ノルマ未達成を理由とした退職の推奨など──「過度なノルマ」は違法にならないのでしょうか?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.