「あの頃、必死で働いたから今がある」「今の若者はヌルい」と考える上司へ:働き方の「今」を知る(3/4 ページ)
働き方改革が進む一方で「とはいえ、ハードワークで成長してきた」「今の若者はヌルい」と考えたことがある人が多いのではないだろうか。変わりゆく働き方の中で、上司や経営者はこのギャップをどのように捉えてマネジメントすべきなのか。
「あの頃、必死で働いたから今がある」と考える危険性
まず、このような「あの頃、必死で働いたからこそ今がある」という類の論説には「生存者バイアス」が含まれることに注意が必要だ。
これは認知心理学用語で、認識や思考の偏りを意味する認知バイアスの一種。失敗した対象を見ずに、成功した(≒生存した)対象のみを基準に判断をしてしまうことを表す。
よく引き合いに出される例として、ウォールドによる「第二次世界大戦中の戦闘用飛行機の分析例」がある。戦闘機の装甲を効率よく強化するために、もっとも攻撃を受けやすい箇所を特定するにあたって、被弾しつつも無事帰還した機体を調査したところ、コックピットとエンジンには弾痕がないことが判明。「コックピットとエンジン以外の装甲を強化しよう」という結論に至った。
しかし、現実は真逆であった。コックピットやエンジンに被弾した機体は、それが致命傷となり、そもそも帰還できなかったのだ。正しくは「コックピットやエンジンの装甲こそ強化すべきだった」という話である。
この構図は、まさに「セルフブラック」を勧めるアドバイスにも当てはまる。ハードワークによって成功した事例に学ぶこと自体が悪いわけではない。ただし、それらが一握りの特殊な存在である可能性についても認識した上で、批判的な観点を持ち合わせながら捉えることが重要だ。
筆者自身、20代は勤務先もブラック、セルフもブラックな環境に身を置いていたこともあり「あの頃、ハードワークで揉まれたからこそ今がある」と痛感している側の人間ではある。しかし、あくまで「独立起業までの期間限定だ」と思えたからこそギリギリ耐えられたものであり、周囲にはハードな環境に耐えられず、職場を去っていった人も大勢いた。したがって自分は「幸運にも、たまたま生き残れただけ」という思いが強い。
ちなみに、筆者が「ブラック企業就職偏差値ランキング」殿堂入りの某企業で勤務していた際、月残業MAXは232時間だった。個人的な経験上、残業200時間超えの世界では、以下のような状態が慢性化する。
- 頭の中がボヤっと霞がかったようになり、判断力が大幅に鈍る
- 難しいことを考えるのが億劫になり、読書などインプットに充てていた時間が、ゲームなど気分転換のための時間に置き換わる
- 寝ても疲れが取れなくなる
- キレやすくなる
実際、諸々の研究においても「起床後15時間を過ぎた脳は酒酔い運転同等の集中力しか保てない」「長時間眠らないと、精神的疲労は回復しない」ことが明らかになっており、まさに研究結果と同じことが自身の身に起きていたわけだ。
長時間労働によって、その分の経験値は得られるかもしれないが、一方で肉体的・精神的な疲労は蓄積して過労死リスクは高まる。さらには心筋梗塞、脳梗塞、脳卒中、くも膜下出血、心不全といった疾病リスクも同時に負うことになるのだ。
つまり、ハードワークは「寿命の前借り」と言えなくもない。そんな過重労働を長年続けられる人はそもそも希少な化け物レベルの存在なので、われわれ凡人はあまりそんな人たちと自分たちを引き比べたり、気にしたりしない方がいいだろう。
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