羽田事故は「システムで防げた」の暴論――”想定外の事態”は起こる、できることは?:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
羽田空港で起きたJAL機と海保機の衝突事故について、「ヒューマンエラー」の切り口から考察する。事故はいつだって複数の不幸な要因が重なった結果だ。どんなにハイテク化が進んでも、想定外の事態は起こり得る。では、企業はどのように向き合うべきなのか? 大事故を防ぐ「唯一の手立て」とは?
最後に重要なのは「現場の力」
世の中には「だったら人の手を借りなくても済むような、システムを構築すればいい」という意見もありますが、人には無限の可能性があるのもまた事実です。想定外の出来事に対処するには「人」が欠かせません。
2009年、奇跡を起こしたと世界中から賞賛された、1人のパイロットがいました。チェズレイ・サレンバーガー氏――「ハドソン川の英雄」と称えられたUSエアウェイズ1549便機長と聞けば、思い出す方も多いかもしれません。
1549便は、米ニューヨーク・ラガーディア空港離陸直後、両エンジンの同時バードストライクというレアケースによって両エンジンがフレームアウト(停止)し、飛行高度の維持ができなくなりました。
当初、空港管制は、進行方向の延長上にあるテターボロ空港への着陸をアドバイスしましたが、高度と速度が低すぎるため機長はキャンセル。ハドソン川緊急着水を、自らの判断で宣言したのです。
ハドソン川になんとか着水させた後、機長は2回にわたって機内を見回り、乗客全員を機外に脱出させ、乗客たちは機長の指示に従い、川に浮かんだ飛行機の翼の上で救助を待ちました。その結果、誰1人として氷点下の川の水に濡れることなく乗員・乗客155人全員が助かります。
機長のとっさの判断力と行動力が人命を守り、機長は世界中から讃えられました。この一連の出来事は「ハドソン川の奇跡」(Miracle on the Hudson) と呼ばれるようになりました。
しかし、一夜にして英雄が容疑者にされてしまいました。理由は、サレンバーガー機長の突然の対応が、同社の規定どおりの手順に従っていなかったこと。真冬の川に不時着したことが「155人の乗客の命を危機にさらした」と問題視されたのです。
これは映画にもなっていますが、機長の無実を証明したのは機長自身でした。つまり、機長が常日頃から「乗客の命を守る」ことを忘れないで働いていたことと、機長の経験がとっさの判断と行動につながり、「規定」より「自分の判断」を信じたからこそ、奇跡は起きたのです。
操縦歴42年のベテランだったサレンバーガー機長は、事故後のインタビューで次のように答えています。
「いろいろな意味で、あの瞬間に至るまでのこれまでの人生が、あの特別な瞬間を切り抜けるための準備期間だった。私はヒーローではない。訓練してきたことをやっただけ。自慢も感動もない」――。
これこそが「人」にしかできない「現場の力」です。
AIなどの先端技術は、人をサポートする最高の相棒になりますが、人にとって代わることはできないのです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
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