「真冬の5合目に電車で行ける」 富士登山鉄道に賛否両論:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(7/7 ページ)
2013年に世界文化遺産に登録された富士山。登録時に指摘された課題の解決策のひとつとして、山梨県はLRT方式による「富士登山鉄道構想」を推進している。対して富士吉田市は電気バスを推している。それぞれのメリット・デメリット、そして観光地として、世界遺産としての富士山について考えてみたい。
高級リゾート化で観光客は減ってしまうのか
富士登山鉄道の運賃は1人1万円程度を見込んでおり、富士スバルラインの自家用車1台2100円に比べるとかなり高額だ。5合目は自然景観に馴染むようリゾートホテルやレストラン、ショップなどを再整備し、吹抜け半地下構造とする。駐車場などで切り取った山肌は埋め戻して自然回帰させるという。従来の「ドライブイン」から「高級リゾート」に変貌する。つまり客単価を上げて、来訪者抑制につなげる。1人当たり2000円の客を100万人集めるより、1人当たり10万円の客を2万人集めた方がいいという考え方だ。
長崎知事によると、ユネスコは12年の時点で5合目への来訪者数231万人が多すぎると評したという。富士登山鉄道によって5合目来訪者数を減らすということは、この数字より少ない人数にするということだろうか。現在の5合目来訪者数506万人から231万人以下にするとなると、逆に周辺の観光業界にとって痛手ではないか。
例えば、私が富士スバルラインを訪れたあと、忍野八海や山梨県立富士湧水の里水族館に立ち寄った。道の駅で吉田うどんを食べ、信玄餅なども買った。このように、富士山観光の前後に富士山付近の観光地や飲食店に立ち寄るという人々がいるのに、来訪者を抑制すれば、周辺観光も減ってしまう。富士吉田市の「電動バスで」という考え方の背景に、登山鉄道による過度な来訪者抑制に対する懸念があるかもしれない。
後日、山梨県知事政策局富士山登山鉄道推進グループにメールで問い合わせ、何度かやりとりした内容は以下の通りだ。
- ICOMOSの指摘は、基本的に、7〜9月の開山期間の話だと理解している。
- この期間のピークをカットし、冬季含めた通年観光を可能にすることで、観光客の平準化を目指す。231万人以下にするという話ではない。
- シーズン中、1日当たりの登山者数が4000人を超える日を3日以内とする。これは16年の来訪者管理計画における吉田口の目標値である。
- 富士山のみに来訪した観光客を地域、時期全体に分散させるため、観光客減少の意図はない。富士山周辺地域の観光客の増加を目的としている。
ちなみに、LRTを年間運行した場合は、1日当たり152便×120席で1万8240人。冬季も含めて年間運行すると、1万8240人×365日で665万7600人となる。19年の506万人よりも多い。現在の観光バス来訪者も「他の地域から5合目まで直行し、出発地まで直帰する」ため、地域の経済に貢献していないという声がある。それなら、富士登山鉄道、富士登山電動バスにしたほうが、地域の観光業者は活気付くかもしれない。
ただし、霊峰富士の信仰に対して神社関係者から「冬の富士山には入らない」「神の怒りに触れるようなことはしない」という声もあるようだ。その意味で「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産を勧告し、来訪者数、登山者数の多さや人工物に苦言を呈したICOMOSの方が、富士山のあり方を理解しているといえそうだ。
極論すれば、霊峰の富士山を世界遺産として本当に大切にするならば、富士スバルライン自体も終了して自然回復した方がいい。観光としての富士山は、登るところではなく、眺めるところだ、と再定義する。しかし富士山を中心とした観光は、立ち行かなくなるかもしれない。そもそも世界遺産とはなにか。トップ観光地を示すブランドだと勘違いしていないか。そこから議論する必要がありそうだ。
個人的には富士登山鉄道に乗りたいし、スイスのユングフラウ(世界自然遺産の一部)に匹敵する観光地になってもらいたいのだが。
富士スバルライン訪問後の行先を探して見つけた「山梨県立富士湧水の里水族館 森の中の水族館」。淡水魚専門という珍しい水族館。大型回遊水槽で巨大なマスやイトウが泳ぐほか、川の源流から中流までを連続させる大型水槽が見事。生物の説明文に飼育員の愛情やユーモアを感じる
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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