サステナビリティ規制「ISSB」が変える、企業の財務情報開示 日本企業はどう備える(2/2 ページ)
2023年6月に発表された「ISSB基準」によって、企業の財務情報開示はどう変わっていくのでしょうか? TCFDとの違いや、対応が迫られる日本企業がやるべきことを解説します。
ISSB基準は、気候変動以外のトピックにも対応
ISSBの基準は、気候関連に関する基準としてスタートしましたが、他のサステナビリティに関するトピックについても、企業が報告するための共通言語を提供しています。
S1では、気候関連以外のサステナビリティに関する重要なリスクや機会を開示するための枠組みを提供しています。ISSBは、生物多様性などの他のサステナビリティに関するトピックの基準も開発する予定ですが、その間S1は重要なトピックの特定や、指標・測定基準の選定のために指針となり得る情報源を提供しています。
S1では、これらについて10年以上にわたりグローバルで使用されてきた、業界ごとに基準を設定したSASB基準(サステナビリティ会計基準審議会が設定した、ESG要素に関する開示基準)を考慮するよう企業に促しています。これを受けISSBは、23年末までにSASB基準を更新し、国際化するプロセスを完了しました(日本語訳については、現在作成中)。
ISSB基準が日本企業に与える影響
ISSB基準は、有価証券報告書の記載要求事項の一部として日本でも実施される予定となっています。現在、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)はISSB基準の日本版を策定中であり、25年3月末までに最終版が公表される予定となっています。
これを受けて、有価証券報告書の発行が義務付けられている企業(約1万社)は、25年よりGHG排出量の開示に必要な情報の収集を開始し、26年3月期の報告書から排出量を開示することが求められます。SSBJによる基準はISSB基準の要求事項と整合するように作成が進められており、日本国内の既存の法律などを踏まえ、細かな調整やISSB基準における要求事項の更なる明確化が行われる予定です。
ISSB基準に基づいて気候関連情報を開示する企業は、さまざまな面で恩恵を受けられます。グローバル市場から投資資金を呼び込むことができるのもメリットの一つです。ISSB基準の目的は、投資家が標準化された情報開示に基づいた意思決定を可能にすることであるため、この基準によって投資家は世界中の企業を同じ基準で評価・査定できるようになります。
標準化された情報開示は、投資家に利益をもたらすだけでなく、企業にもサプライチェーンの排出量管理の側面で恩恵をもたらします。ISSB基準に基づき情報開示を進めた場合、グローバルで排出量データへアクセスしやすくなるでしょう。結果、排出量算定の透明性が高まり、企業はバリューチェーン上の排出量を適切に管理できるようになります。
また規制対象となっている企業はこれまで、投資家や顧客からさまざまな任意の開示フレームワークに基づいた情報提供要請を受けていましたが、標準化されたISSB基準によって、それらへの対応時間を大幅に短縮できます。さらに、統一的な報告基準は同様の情報を求めている他の潜在的な顧客に対して、売上増加の機会を生むこととなります。
日本企業はどう備えるべきか
SSBJ基準の草案は24年3月末までに公表が予定されています。一方で、企業はISSBの基準(英語版はこちら)を確認することで、来るべき規制への準備をすでに開始できます。また、SASB基準18年版の日本語版はこちらで閲覧可能であり、これらも確認することで今後の対応への備えを進められます。
今後の規制に関する要求事項の概略を把握した後、規制対象企業は開示で必要となるデータ収集プロセスなどの検討を進めることが望まれます。一般的に、気候関連情報開示のためのデータ収集には、企業のさまざまな部門からのデータが必要となります。そのため、組織横断的なデータ収集に向けた管理体制・プロセスの構築には、通常は一定の時間を要します。複数の子会社や拠点を有する企業の場合、必要な時間はさらに長くなると想定されます。このような実情や今後の規制開始に向けた猶予期間を踏まえると、規制対象企業は気候関連情報開示への対応に向け、できるだけ早急に取り組みを開始することが重要となります。
データ収集だけでなく、GHG排出量の第三者保証についても、データ管理の観点で注意を要するテーマとなります。今後の気候関連情報開示では、財務報告書と併せて報告することが期待されているため、規制対象企業はタイムリーに排出量データの保証を完了させる必要があります。
著者紹介:エミリー ピアス(チーフグローバルポリシーオフィサー, Persefoni AI Inc.)
前職はSEC(米国証券取引委員会)国際部門のアシスタント・ディレクターとして、気候関連の開示問題について、国際規制当局、標準制定者、規制機関とのSECの関与などを担当。SEC参加前は、法律事務所に所属。パーセフォー二公式Webサイトはこちら。
著者紹介:高野 惇(Climate Solutions Center ディレクター, Persefoni Japan 合同会社)
日系コンサルティングファームにて官公庁の脱炭素技術開発政策の立案や民間企業へのGHG見える化、脱炭素戦略立案の支援を担当。欧州にてサステナビリティ領域の博士号を取得しており、国内外の脱炭素技術や政策動向に精通。パーセフォー二ジャパンのXはこちら。
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