東京海上、伊藤忠、日立、味の素──人的資本「すごい開示」に共通する2つの要点:投資家ウケする人的資本開示(3/3 ページ)
人的資本開示に関する情報はあふれているが、その多くは、ルールや基本の「型」を示すにとどまっている。「とりあえず、型通りに開示しておこう」という姿勢では投資家からの期待は得られない。
味の素グループ
- ASVレポート 2023(統合報告書)
(1)一貫性:企業文化の土壌である独自の「ASV」
同社は「Ajinomoto Group Shared Value(ASV)」という独自無形資産(組織・人財・技術・顧客)を企業文化の土壌としている(p.61)。
マテリアリティーが単純な環境配慮ではなく、ビジネスに直接影響している構造を示すとともに、ビジネスが生み出す価値まで見える化している。特に「うま味による減塩効果の定量化」は非常に興味深いアプローチで、筆者はど真ん中で戦略と接続している印象を受けた(p.80)。
従業員エンゲージメントと業績の相関を示す上で人材投資における費用対効果が明確に示されており(p.66-67)、事業戦略と組織戦略を結び付けることのエビデンスを訴求できている点に力強さを感じる。「アミノ酸」という存在からブレない闘い方をしてきた味の素ならではの表現がふんだんに盛り込まれた人的資本開示だと言えるだろう。
(2)実効性:個人と組織のバリューをグラデーションで表現
中でも「ASV実現プロセス」として個人と組織のバリューをグラデーションで描き、綿密にモニタリングしていることを表現しているのは秀逸だ。
まとめ
企業が投資家から預かるのは「期待」である。投資家は資金を預けてくれる第三者ではなく、期待を預けてくれる仲間であると捉え、丁寧に対話を重ねていくことが重要だ。人的資本開示においても、型通りに開示したり、良いところだけを開示したりするのではなく、課題に向き合って苦慮している姿も含めた誠実な開示を心掛けたい。
日本には、素晴らしいストーリーを描いて人的資本経営を実践しているものの、それをうまく表現できていない会社が多い。統合報告書やHuman Capital Reportなどのチャネルを使い、積極的にメッセージを発信することで投資家の期待を集め、ぜひワクワクするような未来をつくってもらいたい。
著者プロフィール
白藤大仁 株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ代表取締役社長
2006年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。19年、株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズの代表取締役社長に就任。「オンリーワンの、IRを。」をメインメッセージとし、企業のオンリーワン性を導き出すことで、IR活動や経営活動を支援する事業を展開。プライム企業を中心に、統合報告書の制作や決算説明会の配信支援など、IR領域で幅広いソリューションを提供している。23年より、特定非営利活動法人 日本IRプランナーズ協会 理事。 投資家との対談やメディアでの解説実績多数。
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