2015年7月27日以前の記事
検索
連載

東北大・大野英男総長に聞く 「10兆円ファンド」支援候補に選ばれた舞台裏東北大学の挑戦(1/2 ページ)

政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」初の支援対象候補に、東北大学が選ばれた。東北大の大野英男総長に「国際卓越研究大学」の認定候補に選ばれた舞台裏を聞く。インタビュー全3回の1回目。

Share
Tweet
LINE
Hatena
-

 政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」初の支援対象候補に、東北大学が選ばれた。

 東京大学や京都大学をおさえて、ファンドの支援対象である「国際卓越研究大学」(卓越大)の認定候補に選ばれたのだ。2023年度の選考で、唯一の認定候補となっている。

 卓越大とは、国際的に卓越した研究の展開および経済社会に変化をもたらす研究成果の活用が見込まれる大学を文部科学省が認定し、当該大学が作成した「国際卓越研究大学研究等体制強化計画」に、大学ファンドによる助成を実施する仕組みだ。

 政府による10兆円規模の「大学ファンド」の運用益から、年間数百億円の助成を最長で25年間受けることによって、世界トップレベルの研究力を目指す。卓越大の有識者会議(アドバイザリーボード)による報告書では、卓越大は「社会との対話の中で、国内外の多くのステークホルダーに対する共感を得て、大学の有形・無形の知的資産を価値化することが求められる」としており、東北大を「改革の理念が組織に浸透している」と評価した。

 候補に選ばれた決め手は何だったのか。産業界のゲームチェンジ技術ともいわれる「超省電力」のスピントロニクス半導体研究の第一人者である東北大の大野英男総長に聞いた。総長インタビューを連日で3回にわたって掲載する。


大野英男(おおの・ひでお)1954年生まれ。1982年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。専門は半導体物理・半導体工学、スピントロニクス。東北大学教授、東北大学電気通信研究所長などを経て2018年4月から第22代東北大学総長。東京都出身(クレジットのない写真、資料は東北大学提供)

「卓越大」認定候補に選ばれた舞台裏 決め手は?

――卓越大の認定候補に東北大が選ばれました。申請の際にアドバイザリーボードには、どんな計画を提出したのですか。

 未来を変革する社会価値の創造(Impact、インパクト)、多彩な才能を開花させ未来を拓(ひら)く(Talent、タレント)、変革と挑戦を加速するガバナンス(Change、チェンジ)という3つのコミットメントを取り上げました。全方位の国際化など6つの目標を達成するために19の戦略を提示しています。

 徹底した国際化は極めて重要です。世界は刻々と変化していますから、現代的な課題に対応するためには大学も変わっていかなければなりません。加えて卓越大は日本と世界をつなぐ役割を果たすためにグローバルでなければなりません。現在は学部生の2%が留学生ですが、将来的には20%にしたいと考えています。

 これからの研究大学は、長いスパンの学術研究を担うことに加えて、世界を相手に社会や企業と一緒に価値を創造する、さらにその過程で人材育成をする、これらが存在意義となります。

 世界で価値を創造するためには、グローバルな観点からの学術的インパクトや社会的インパクトが求められるわけですが、どちらにも国際的な場で議論や討論をし、理解を深める、意志決定に参加する、あるいは各種団体と交渉ができるグローバル人材が必要です。グローバルな環境の研究大学から、そういう人材が次々に輩出されることを目指します。

 そのため博士課程への進学者を現在の約2600人から、25年かけて6000人まで増やします。大学院での講義のほぼ全て、学部学生でも半分ぐらいは英語にします。英語のスキルを全体で上げていき、学生も研究者も職員も日本語か英語かのどちらかができれば、全くストレスなく普通の生活が営めるようにします。

 つまり日英を公用語化し、大学全体をグローバルな環境とします。これからは対外的な能力を身に付けた博士号取得者をはじめとする高度人材が、世界を股にかけて活躍する世の中に必ずなります。その潮流は、世界ですでに起こっています。


東北大が東大、京大をおさえて国際卓越研究大学の認定候補に選定された

――学部生から博士課程まで一貫した改革をする構想なのですね。卓越大に応募するまでの経緯を教えてください。

 準備を始めたのは21年の7月頃でした。学内の若手の皆さんに集まってもらいワーキンググループをつくりました。すでに内閣府の「総合科学技術・イノベーション会議」(CSTI)で、今回のプログラムに関連したさまざまな会議が公開で開かれていました。その辺りを見ながら、東北大学として「こういう提案をしたらどうか」と練り上げていったのです。21世紀型の研究大学を考えたときに「こういう大学が日本にあるべきだ」ということを基本に計画を書きました。

 例えば「科学技術イノベーションのプラットフォームとなる」というビジョンを掲げました。世界的な研究業績を誇る半導体の分野で世界のR&Dのハブになる、次世代放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)を活用して材料科学から生命科学や食糧までのイノベーションエコシステムを構築する、さらには東北メディカル・メガバンク計画による15万人の住民コホート調査を未来の医療につなげる、このようなことがビジョンの核となります。

――コホート調査とは、人々の生活習慣情報を継続的に集め、生活習慣と環境がどのように病気と関連するかを調べる方法ですね。

 東北メディカル・メガバンク計画の住民コホートは、東日本大震災の被害を受けて、国による復興計画の一環として計画されました。中長期にわたる地域住民の健康状態の調査を通じて住民の健康向上に資する、ひいては日本全体の健康向上に資することを目指しています。健康寿命を伸ばすために、それぞれの個人に必要な行動変容もデータから明らかにしたいと考えていて、すでに官民の協力のもと10万人のゲノム解析をほぼ完了しています。

 英国の「UKバイオバンク」が有名で、50万人以上を追跡しています。この調査に携わるユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究者たちが本学に視察に来て、感激して帰っていかれました。規模は英国の方が大きい一方、本学の調査のクオリティーと、取っているデータの幅広さに衝撃を受けておられました。例えば、歯に関するデータは、UKバイオバンクでは入れていないんですね。東北大学には医学と歯学の専門家集団がおり、その連携の良い点が特長なのです。

 本学はこのように大規模なものも含めてさまざまなコアファシリティを擁していることから「イノベーションのプラットフォーム」としての役割を果たすべきだと考えています。ナノテラスには100社以上の民間企業が参加していますし、コホート調査でも製薬企業がゲノム解析の資金を提供してくれています。そういった民間の力も活用して、いかにイノベーションを起こすプラットフォームになるのか、研究大学としての東北大学の挑戦です。われわれ自身で起こす部分も含めて、社会との共創をもとに一緒にイノベーションの起点となるのがコンセプトです。

 これと車輪の両輪をなすのが、社会課題の解決に向けた取り組みです。災害科学はその代表です。防災減災の在り方を研究して深め、連携して社会に普及させていく。さらに国際的な枠組みを提案し、そこに貢献する。UCLやワシントン大学とも連携しています。災害科学におけるこれらの取り組みは、東日本大震災を経験して、その後の復興と新生に関わった大学としての使命だと考えています。


東北メディカル・メガバンク計画の住民コホートは、東日本大震災の被害を受けて、国による復興計画の一環として計画された

――単に研究をするだけでなく、企業や海外の研究機関ともコラボしながら価値を生み出そうとする姿勢を感じますね。

 価値創造のため「時代に合った研究遂行の仕組みに転換すること」も重要です。例えば従来型の講座制の研究室は、教授、准教授、助教、学生というピラミッド型の研究体制でした。これは「何をやればいいのか分かっていた時代」には、素晴らしく機能してきたと思います。しかし、今は「VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代」です。何をターゲットにして何を研究し、学べばいいのかは誰にも分かりません。だからこそ個々の優秀な研究者が独立した形で、責任を持って卓越した多様な研究を展開し、可能性を拡(ひろ)げていく。この姿が未来を切り拓く研究大学としての理想だと考えています。

 東北大には約830の研究室があります。これをプリンシパル・インベスティゲーター(PI)が率いる独立ユニットに組み替えます。これによりPIに率いられた1800の研究ユニットを作ることができます。それぞれが卓越した研究を追究することによって、新しい芽をどんどん出していけるのです。

 従来型の研究室が行っていた装置のメンテナンスなど研究の環境作りは大学が引き受けます。つまり研究者が研究に専念できる時間を、大学が責任を持って増やします。これらの研究ユニットが世界レベルで卓越した研究をすることにより、多数の学術的インパクトを生み出します。

 このように、今後の研究大学の在り方を見据えて「大学全体が変わっていくこと」を提案で表現しました。それを評価していただいたのだと思います。

       | 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る