日立の責任者に聞く生成AIの“勢力予想図” 「来年、かなりの差がつく」:「サービス乱立時代」到来か
日立はどのように生成AIを利活用しようとしているのか。Generative AIセンターの吉田順センター長に話を聞いた。
日立製作所は9月、東京ビッグサイトで「Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPAN」を開催した。基調講演として小島啓二社長兼CEOが登壇。生成AIの開発に対するビジョンを話した。
さまざまな展示がある中でも、特に生成AIに関するものが目を引く。日立が2021年に買収したグローバルロジック社の事例をはじめ、生成AIを活用したメタバース空間上での保守など多くの関連出展もあり、同社が生成AIの活用に注力していることが分かる。
この中に、生成AIの利活用を推進する「Generative AIセンター」のブースがあった。同センターは5月に新設されたばかりの組織だ。このGenerative AIセンターが中心となって、日立は既にグループ内のさまざまな業務で生成AIを利用していて、業務効率化と生産性向上を推進している 。
日立はどのように生成AIを利活用しようとしているのか。Generative AIセンターの吉田順センター長に話を聞いた。
吉田順(よしだ・じゅん)1973年生まれ、98年に日立製作所に入社。2012年にAI/ビッグデータ利活用事業を立ち上げ、AIやデータ利活用プロジェクトを多数推進。21年より、トップデータサイエンティストを集結したLumada Data Science Lab.のco-leaderとして、Lumada事業拡大の加速と人財育成の強化に取り組んできた。現在は、Generative AIセンターのセンター長として、生成AIを活用したプロジェクトをリード(撮影:河嶌太郎)
32万人の社員 生成AIの活用方法は?
――日立ではグループ全社を挙げ、32万人の社員に向けた生成AIの活用を推進しています。具体的にどんな取り組みをしていますか。
5月に生成AIの活用を推進する組織「Generative AIセンター」を設立しました。日本だけでなくグローバルな知見も含めて、今ワンストップでナレッジを貯めている段階です。
日立のグループ会社に、米シリコンバレーに本社を置くデジタルエンジニアリング企業「グローバルロジック」があります。同社の知見も特に日本に取り入れ、まずは日立のグループ内を生成AIで変えながら、お客さまにサービスとして提供していこうと考えています。
――日立グループ内はさまざまな分野に分かれて、それぞれの分野で長年の知見を蓄積しています。具体的にどんなところから生成AIを活用していく考えですか。
日立では「労働生産性の革新」と「人が輝ける新しい働き方」の2つを軸に生成AIを取り入れていく方針です。労働生産性の革新といった分野では、日立が持っているデータを、埋もれているデータも含めて生成AIに学習させていきます。そしてそれを活用して、まずはエンジニアを中心に、熟練者をより熟練にしたり、若手技術者のレベルを引き上げたりといったような生産性向上の面で活用していきたいと考えています。
技術者の分野としてはシステム開発や電力、鉄道、工場やビルなどの現場に組み込んで活用できたらと思っています。
――生成AIを各現場に組み込むというのは、具体的にどんなイメージなのでしょうか。
個人的には、人とシステムのインタフェースが自然言語になると思っています。例えばいろいろなシステムを運用する上では、マニュアルを読み込まないといけなかったり、その内容も分かりづらかったりします。また、その調べる作業が従業員の負担になることもあります。
こういうときに、実務上で分からない点を生成AIに聞けば、要点をまとめて教えてくれます。ここが生成AIの利点であり、鉄道や電力、工場、ビルなど多くの現場で活用できると考えています。自分が知りたいことをちょっと質問すれば、答えが返ってくる。これは運用上、大いに役立ちますし、人財育成にもつながります。
――活用イメージは分かりました。とはいえ日立のような大きい組織になると、従業員に生成AIを習熟させ、組織に浸透させるのはなかなか大変だと思います。
32万人の従業員がいるので、大変ではあります。ただ生成AIの活用方法は、社員からのボトムアップによってアイデアを出すことができます。一方、トップダウンで日立を変えることにも使えるので、トップダウン、ボトムアップ両方で組織を改善できるエンジンになると思っています。
――社内のデータベースを生成AIに組み込む動きは、既にNECやNTTデータ、日本オラクルなど、競合企業が同様のサービスとして展開しようとしています。この動きをどう見ていますか。
今はどの会社も、横並びの印象があります。今年から急激なブームで始まった動きなので、この数カ月はまだ差がつきにくいところだと思います。私も各社と会話をしていますが、生成AIの活用方法はどこも同じく「自社データベースを生成AIに組み込む」ことを考えているなと感じます。
ただ、これは来年ぐらいになると、かなりの差がつくと思っています。
――どのように差がつくのでしょうか。
生成AIを活用したサービス開発に各社が取り組む中、ハイパースケーラー(100万台以上の巨大な規模のサーバリソースを保有する企業を指す)のアマゾンやグーグル、マイクロソフトといった企業も独自開発を進めています。オープンソースの生成AIも誕生しています。
さらにOffice 365やセールスフォースといったアプリケーションの中にも生成AIの機能が入ってきていて、多数の生成AIサービスが乱立するようになるのではないかと考えています。一つの企業の中で複数の生成AIを活用するのが一般的な時代になり、使い分けたり、組み合わせたりすることになると思っています。
――生成AIサービスが乱立すると、どういったことが起こるのでしょうか。
一時期には同じように、DropboxやGoogleドライブといった、似たようなクラウドサービスが乱立する現象が起こりました。
今でこそ企業でクラウドサービスを一括して導入するのが当たり前になっていますが、発展期は企業内の部署ごとに、異なるサービスを勝手に導入してしまった事例が多くありました。
生成AIサービスが乱立することで、似た現象が再び起こる可能性が考えられます。日立としては企業全体のマネジメントや管理面にも目を向けながら、お客さまに最適なサービスを展開していきたいと考えています。
企業ごとの特色が出てくるのは24年以降
――日立が生成AIをサービスとして顧客に提供していく際に、どういったものが考えられますか。
基盤の技術はハイパースケーラーやオープンソースとも提携して、それらの技術を使いこなしながら、お客さまのニーズに合わせてサービスを展開していきたいと考えています。ただ現時点では、お客さま自身のニーズがまだ漠然としている段階です。
日々さまざまな企業の方々と会い、ヒアリングを重ねていますが「生成AIを何に使いたいですか」と伺うと、「まだ分からない」と答える方が大半です。「まずどういったことができるのか、事例を見せてほしい」というところから話が始まっていますね。
――それが、24年以降から企業ごとに生成AIの特色が出てくるわけですね。
そうですね。来年になると、生成AIはこれぐらい使えるということが見えてくるのではないかと思っています。例えば「こういう業務であれば日立のサービスにしよう」「この業務であればあのサービスだよね」とユーザー間で言えるような状態に、まず持っていきたいと思っています。
――生成AIの乱立時代を迎えた際に、日立の強みはどんなところで発揮されると思いますか。
他社のベンダーは、IT色が強いと思っています。その点で日立は、ITだけではなくOT(Operational Technology、運用・制御技術)も強みとする企業といえます。まず、そこで価値の出し方を変えていけると思っています。
他には、弊社の小島啓二社長はもともと研究者で、生成AIを深く理解した上で、トップダウンでいち早くビジョンを示しています。その点も強みだと思っています。
――社内のデータを生成AIに覚え込ませる作業が、今後は日立だけでなく各企業で進んでいくものと思います。その際にどんな課題があるとお考えですか。
過去にさかのぼって蓄積されたデータを学習させる必要もあるので、帳票といった紙にしかないデータをテキスト化する需要も高まると考えています。
特に日立のような製造業の現場ですと、マニュアル類が紙でしか残っていないところが多くあります。ここをどうデータ化し、生成AIに覚えさせていくのかも課題の一つだと思います。そこには職人の暗黙知のような知見が眠っていることもありますので、ここが議論になることが多いですね。
――日立はグローバル企業ですが、生成AIに対する感触は国や地域によって違いはありますか。
それぞれのグループ企業の知見はあるのですが、各国でルールも変わります。欧州は法規制が強い傾向がありますし、日本は寛大なところがあります。一方、顧客ベースで考えると、日本は生成AIに対して100%を求めるお客さまが多い印象があります。
生成AIは必ずしも100%答えが合うものではないので、最終的に人間がチェックしないといけない部分はたくさん残ります。グローバルだとそういったところには目をつぶり、まず使っていこうという文化があるので、そういう意味ではグローバルはかなり進んでいるなと思っています。
――ところで吉田センター長はどういったキャリアなのでしょうか。
もともとはソフトウェア開発で入社しました。そのあと10数年前に「これからはビッグデータの時代がくる」と思い、ビッグデータの部門に移り、そこで10数年、データサイエンティストとして活動をしていました。
一昨年からは「Lumada(ルマーダ)」という、日立グループを挙げて展開するデジタル事業に携わっていました。そして5月にGenerative AIセンターが設立され、センター長に就任しました。
――生成AIに関わるチームは何人ぐらいいるのでしょうか。
データサイエンティストのプロフェッショナルだけでいうと、数百名規模の人員がいます。データサイエンティスト自体は社内にもっと多くおり、「ブロンズ」というユーザーレベルの社内資格保持者だけでも数千人います。
――その数百名はグループ内の精鋭というわけですね。
そうですね。「ブロンズ」も含めた数千人のコミュニティがMicrosoft Teamsでつながっています。そこで毎日、生成AIを話題にしていて、他社の動きやニュースもキャッチして進めています。
――センター長として、チームをマネジメントする際に気をつけていることはありますか。
日立には大規模システム開発や鉄道、電力など非常に大きなプロジェクトが多数あります。その中で、データサイエンスの活動はお客さまへのコンサルが中心になるので、われわれの活動範囲だけを切り取ると案件規模が大きくないことが多々あります。
ただし、データサイエンティストの活動によってお客さまの課題を捉えることが、その後の大規模プロジェクトにつながる重要な起点になっていると考えています。
ですから、データサイエンティストのモチベーションをどう上げていくかを常に心がけています。そしてデータサイエンスは未来に直結する価値を持つ部門でもあります。
小島社長も生成AIの可能性を語っていますが、この未来への可能性を引き続き社内外に伝えていきたいですね。
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