エプソン、三井化学が投資 「100億円」調達した東大発ベンチャーに聞く“タッグの作法”:スタートアップの突破口(2/3 ページ)
2014年に東大発スタートアップとして創業し、セイコーエプソンや三井化学など大企業からの資金調達を機にさまざまな協業を行い、事業シナジーを生んでいるのがエレファンテック。事業会社とスタートアップが抱えるそれぞれの課題などを語り合った。
事業会社の支援は「宝の山」
及川: VCと事業会社で、支援の仕方の違いはどのようなところにありましたか。
清水: 三井化学さんの事例でお話しすると、工場内には数多くの規定がたくさんあり、機材や行動までこと細かく決まっていました。現場の方々にとっては面倒なもののように感じられるかもしれませんが、私たちにとってそれは宝の山に見えました。
大企業の決まり事というのは文字通り“血の結晶”で、プラントの事故も含めたさまざまな事故が起き、その再発防止のための蓄積ですから、それを教えていただけるなんてとても幸運なことです。私たちが大きな事故を一度も起こしていないのは、三井化学さんの影響がとても大きいと思っています。
及川: なるほど、それは組む価値がありますね。「ミスをしない」ということに対して組織のカルチャーを含めて圧倒的に作りこまれているからこそ、うまく同居できると。
清水: 本当にすごいですよ。
及川: 海外進出もしていると思いますが、これも出資企業が関係していますか。
清水: 19年の資金調達ラウンドで住友商事さんに入っていただいており、海外展開のお手伝いはかなりしていただいています。一方で、海外のお客さまからのインバウンドも多いです。ネットゼロ(温室効果ガスの排出量から吸収量や除去量を差し引いて「正味ゼロ」とする考え方)という世界的な潮流があるからです。
例えば米アップルは30年までにサプライチェーンのネットゼロを目指していますが、彼らの公開資料によるとサプライチェーンを含めたトータルのCO2排出の10%程度はプリント基板からであると推測できます。そんな状況下で、私たちが「超低環境負荷で既存製品と完全にコンバートできるソリューションを開発した」と言えば、サプライチェーンのネットゼロ達成を目指すグローバル企業からは連絡が来ます。住友商事さんはそうしたグローバルでの認知度向上活動に積極的にご協力いただいているという形です。
もう一つグローバルトレンドとして「サプライチェーンセキュリティ」もあります。半導体の基板の7割が中国で生産されていることが背景にあり、これも当社の売上ドライバーの一つになってきています。
及川: 住友商事さんは、海外でのキーマンを清水さんとつないでくださるといったこともあるのですか。
清水: それはけっこうありますね。あと、住友商事さんにはスミトロニクスという電子機器製造受託サービス(EMS)を行っているグループ会社がありまして、その会社を経由してご紹介いただくこともあります。
及川: VCからはどんな支援を受けていますか。
清水: 採用支援や勉強会の開催、資本政策や社内制度に関する相談など、典型的な投資先支援はかなりしていただいています。そういうことは事業会社にお願いするのはちょっと難しくて。経営という観点では、社外取締役は意図的にVCだけに入っていただいています。事業会社から入っていただくと、正直なところ経営の意思決定が難しくなる部分もあると考えて、オブザーバーまでとしていただいています。
及川: 事業会社側から「絶対これをやってほしい」といわれることもあると聞くこともあります。
清水: 私たちは全ての事業会社さんと共同研究や開発をしているわけではありません。私たちが今後の材料のニーズや将来のマーケットの展望といった情報を提供し、それに対して事業会社側から事業や共同研究の提案を適切なタイミングでしていただくようにしています。
及川: お互いにいい距離感なのですね。
大企業との連携で見えた スタートアップエコシステムの劇的変化
及川: 事業会社との連携や協業が生んだメリットをお聞かせください。
清水: ハード面では先ほど申し上げた量産化ですね。ソフト面でいうと、人や企業を紹介していただける点が大きいです。非常にマニアックな技術を開発している会社ですので、ピンポイントで「こういう技術を持っている会社とつながりたい」ということがあります。
当社は業界の大手企業にも参画いただいていますので、そうした企業を経由してつながりをつくることはあります。また、採用にも効きます。当社が求める機械や化学のエンジニアは終身雇用のメーカーにいることが多く、流動性が低いため採用の難易度がとても高く、スタートアップだとさらにハードルが高くなります。ですので、大手メーカーからの出資を受けていることは採用面でプラスに働きます。
及川: 株主企業からの出向社員もいるのですか。
清水: かなりいます。場合によっては事業会社側が共同研究をしたいので出向してきて一緒にやることもあります。これは、大学の研究室との共同研究に近いかもしれません。逆に、私たちのほうに人が足りなくて、出向をお願いすることもあります。
及川: 面白いですね。
清水: 大企業と連携してみて感じるのは、“大企業は誰も自社の全貌を知らない”ということです。例えば三井化学さんのカタログに出ている材料というのは一部であって、研究所を含めて持っている技術はもっと多いわけです。一般公開していないうえ、研究所の中で開発しているものは「○○さんの技術」というように人にひもづいているようなものも結構あるんです。
ですから、正面から営業にアクセスしてもなかなか出てこないものも多く、彼らのインナーサークルのネットワークを持つ人が、うちに一人いると変わってきます。これは大企業ならメーカー以外でも同じだと思います。
及川: ある意味、現代版“井戸端会議”が重要になってくるのですね。協業で苦労したことは。
清水: 今は大丈夫ですが、初めは付き合い方が分からずけっこう苦労しました。大企業の場合、プロセスを重視するところがあり、タイムリーに情報をアップデートする必要があります。後になって「こういうニーズがありました」「実はこういうことが起きていました」というようなことが起きると、大企業との連携は難しくなります。
ですから、毎月のレポートはかなり細かいことまで盛り込んでコミュニケーションをとるようにしました。逆に言うと、プロセスさえきちんと踏んでいれば揉めることはないです。
及川: スタートアップのスピード感を持ってやらなくてはいけない部分と、大企業目線で物事を進めていく部分を切り替える必要があるのは、経営者としては相当なマネジメント力が必要ですね。
清水: でも、当時から比べればずいぶん楽になった気がします。私たちが慣れてきたのもありますが、世間的にもスタートアップに対するプラクティスができてきたことも影響しています。各企業の中で、スタートアップ出資のケイパビリティのある人が増えてきました。当社でも19年のラウンドと、22年や23年のラウンドを比較するだけでも全く違いますよ。
一例を挙げると、スタートアップには種類株がたくさんありますよね。マイノリティ出資のセクションもなく、M&A担当の人に種類株の説明からしなくてはいけないこともありました。さすがに今は、そういうこともあまりないのではないかと思います。
及川: エコシステムは進化していますね。
清水: 本当に、すごく進化しました。「全然違うものになった」と言ってもよいかもしれません。
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