EV減速の中でもっとも注意すべき政策:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)
EVシフトの減速を示すニュースが次々に発表されている。こうなるのはずっと前から分かっていたことで、ようやく世間が悪夢から覚めたということになるだろう。筆者は国が一度方針を決めると、状況が変わろうが何だろうが、ひたすら決めた方針通りに進むという点を一番恐れている。
EVシフトに必要な“タイミング”
では、そうやって、大勢に抗いながら戦ってきたモチベーションはいったいなんなのかといえば、国策が道を誤ったら大変だという強い危機意識があったからだ。正直なところただのEV信者が何を主張しようが、それは個人の意見なので大きな問題ではない。しかしながらそうやって形成された世論の影響を受けて、国が舵(かじ)を誤ることを恐れていたことが一番大きい。
実際ここで挙げた記事の後、20年の菅義偉政権の誕生で、政府は政策の一丁目一番地にグリーン成長戦略を掲げ、明確に産業シフトを促し始めた。このグリーン戦略は、乱暴を承知で単純化すれば「EVにシフトすればもっともうかる」あるいは「今すぐ果断にEVシフトを行わなければ日本の自動車産業は滅びる」という根拠のない決めつけをベースにした政策であり、今日の世の中の手のひら返しを見た上で振り返れば、それが少なくとも短期的には間違いであったことは、冒頭に書いた通り先行する欧米のメーカー自身が手痛い失敗によって証明してみせた形である。
もちろん「グリーン成長戦略は未来永劫成立しない」とはいっていない。商機を見ながら、脱炭素とビジネス的成功をうまくシンクロさせていくべきというのはその通りであり、それには脱炭素の長距離レースをしっかり読みながら、正確にタイミングを測っていく必要がある。
世の中では相変わらずスマホとガラケーの例えが好きな人が多いが、世の中で語られているほど、その変化は一足飛びで起こったわけではない。その話にもう良い加減決着を付けたいので、少し長いが当時の話を振り返る。若い人にはなんのことだか分からないかもしれないが、その場合この次のページまで飛んでもらいたい。要は結構時間がかかって、インフラが整備されるまで、死屍累々だったのだという話がこれから始まるのだ。
1990年代初頭にアップルのジョン・スカリーが「ニュートン」を売り出したあと、国内にも「ザウルス」や「パーム」「カシオペア」など、PDA(Personal Digital Assistant≒電子手帳)が数多く登場した。しかし、それは一部マニアのものに過ぎない時代がそれなりに続いた。
それはインフラが追いついていかなかったことが大きな原因である。今やネット回線は常時接続が当たり前だが、当時は電話回線からサービスプロバイダーのアクセスポイントの電話番号にダイヤルしてサーバにつないで通信を行っていた。そんなことをしていれば電話代は大変なことになる。だから96年に午後11時以降、朝8時までの深夜帯に限定した月額定額制の「テレ放題」というプランが出来て、多くのユーザーがこれを利用していた。いうまでもないが昼間の接続でアクセスポイントが市外の電話番号なのに、通信を続けると平気で電話代が20万円みたいなことが起きたのである。
筆者も当時「MI-10」(カラーザウルス)を海外出張に持っていき、受話器にセットして通信を行う音響カプラーを使っていたが、特に欧州のホテルでは自分でATコマンドを設定しないと、ダイヤルアップができなかった。
そもそもネット環境なんてものは当時の欧州のホテルには存在しないので、ウェールズはブライトンのホテルの電話にカプラーを噛(か)ませ、布団で簀巻きにして「ピーヒャラ」とファックスさながらの通信でやり取りする。不安定で切れるもんだから何度もつなぎ直してリトライだ。そして翌日チェックアウト時に請求された電話代にひっくり返った覚えがある。
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