EV減速の中でもっとも注意すべき政策:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
EVシフトの減速を示すニュースが次々に発表されている。こうなるのはずっと前から分かっていたことで、ようやく世間が悪夢から覚めたということになるだろう。筆者は国が一度方針を決めると、状況が変わろうが何だろうが、ひたすら決めた方針通りに進むという点を一番恐れている。
政府の勇み足
さて、そんなわけで、別に携帯端末という理念が出てきたら一気に時代がシフトしたわけではなく、通信規格が進歩して初めてスマホの時代がやってきたのだ。クンロク(9600bps)だのイッチョンチョン(14400bps)だという時代には、1Mバイトの写真を送っただけで喧嘩(けんか)になるような時代だった。実際激怒した友人が別の友人を責め立てているのを傍観したことがある。写真を受け取る通信で端末が固まってしまうことがあるからだ。
要するにインフラがちゃんとしないと、そして端末の処理速度が十分でないと普及はしない。リッチ過ぎるOSに対してCPU速度が足りなかったせいもたぶんにあるのだ。93年にデビューしたアップルのPDA「ニュートン」は、14年後の2007年にiPhoneがヒットするまでは、先進性を認められつつもビジネス的には失敗作のレッテルを貼られた。端末単体がいかに先進的であろうともどうにもならなかったのである。
ということで、もう良い加減意図は察しておられるだろうが、EVが普及するためには、インフラとバッテリーが、その概念に追いついてくるまではどうしようもない。しかもそこには充電インフラの事業化や電力ピークの問題や、バッテリーにおける資源開発の問題、それによる環境破壊の問題も、リサイクルの問題も全部重たい宿題として山積みになっている。ただ「いいからやれ!」といってもどうにもならない。
菅義偉首相は21年1月18日の施政方針演説で以下のように述べた。
もはや環境対策は経済の制約ではなく、社会経済を大きく変革し、投資を促し、生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出す、その鍵となるものです。まずは、政府が環境投資で大胆な一歩を踏み出します。
その意気込みや良しなのだが、これを字義通り「変革すればもうかる時代に変わった」と受け取ってはいけないのは、先行する海外の自動車メーカーがすでに証明している。ここばかりは、いくら筆者が主張しても、「いやそんなことはない。挑戦しなければ敗者になる」と反論される水掛け論がずっと続いていた。仕掛けるべきタイミングの話は全く考慮になく、それを言っても「やらない言い訳」と解釈するので埒(らち)が明かなかった。
ようやく現実を目の前にすることによって、決着が付いたのではないか。まあいまだにそれが認められない人もいるのだろうが、どうせ全員に分かれというのは無理な話である。
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