この記事は、垣内勇威氏の著書『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』(日経BP、2023年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
LTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)向上施策の失敗事例として、まず紹介するのは「顧客の囲い込み」です。企業担当者は顧客が他社サービスに流れないように、自社との接点を増やそうとします。
そもそも私は「顧客を囲い込む」という表現に強烈な違和感を覚えます。自分の人生を振り返って、どこかの企業に囲い込まれていたことがあるでしょうか? 私には何1つとして思い当たる記憶がありません。
顧客の「囲い込み」は、妄想で始まり廃虚に終わる
大学時代の知人に、人生の全てをかけて男性アイドルグループの追っかけをしている人ならいました。全国ツアーがあるときは、文字通り全国を飛び回り、ほぼ全ての公演に通っていました。当然、飛行機代だけでもかなりの出費になりますし、ましてスケジュールを合わせるのも至難の業です。
決して大富豪の子息というわけでもなく、アルバイトだけでそのお金を捻出していました。まさに人生の全てを、その男性アイドルグループに“囲い込まれていた”といえるでしょう。
人生を囲い込まれるレベルでなくても、ある特定の分野で囲い込まれていればよいとすれば、私はGoogleの検索とGmail、AppleのiPhone、AmazonのECサイト、スターアライアンスのマイレージなどには、ギリギリ囲い込まれているかもしれません。しかしそれ以外の企業に囲い込まれているという認識は持っていません。特定の企業に絞らず、好きなときに、好きなだけ、いろいろな企業の商品・サービスを使います。
これは私に限った話ではなく、私が顧客調査をしてきた被験者たちも同じですし、読者の皆さまも同じでしょう。顧客調査の被験者で、楽天経済圏に囲い込まれていて、Amazonで見つけた本をわざわざ楽天ブックスで探し直して買うという行動を見たことがあります。これはかなり強い囲い込みの事例ですが、“楽天経済圏”という大規模なプラットフォーマーでなければできないことです。
つまり顧客を囲い込むことは、極めてロイヤルティーの高いファンビジネスや、大規模なプラットフォーマーでもなければ、そもそも不可能なのです。冷静に考えれば、顧客の囲い込みなど、一般的な企業には到底できないことに気が付きます。しかし世の中の多くの企業は、なぜか定期的に「囲い込み」系の施策に手を染めます。
典型例は「会員プログラム」「会員アプリ」「サブスク」「メディア」といった“妄想四天王”です。これら「四天王」がはびこる理由は、ベンダーにとってもうかるビジネスにつながるからです。
著者プロフィール:垣内勇威(かきうち・ゆうい)
WACUL 代表取締役
東京大学卒。ビービットから2013年にWACUL入社。改善提案から効果検証までマーケティングのPDCAをサポートするツール「AIアナリスト」を立ち上げる。19年に産学連携型の研究所「WACULテクノロジー&マーケティングラボ」を設立。研究所所長および取締役CIO(Chief Incubation Officer)として新規事業や新機能の企画・開発およびDXコンサルティング、大企業とのPoC(概念実証)など、社内外問わず長期目線での事業開発の責任者を務めてきた。22年5月に同社代表取締役に就任。著書に『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(日本実業出版社)など。
自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいが、有効な手だてが見つけられない企業は多い。実際「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」という言葉や概念は浸透しているが、正しくマーケティング戦略に組み入れ、機能させている企業は想像以上に少ない。本書はLTV向上施策において、顧客が逃げ出してしまう「4つのボトルネック=MAST」を浮き彫りにし、企業と顧客が向き合う接点ごとに有効な対処法を紹介。マーケティングや営業、顧客サービス部門の担当者がすぐに実践できるよう、多彩な事例を示しながら分かりやすく解説する。真に顧客から「愛される企業・ブランド・製品」を目指す企業担当者にとって必読の1冊。
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