「労働生産性」開示する伊藤忠 あえて“下がることもある指標”を選ぶワケ:【後編】徹底リサーチ! 伊藤忠商事の人的資本経営(2/2 ページ)
労働生産性開示する伊藤忠商事。下がることもある指標を、あえて選ぶのはなぜなのか。労働生産性の向上を推進する中で、同社の人事部門に生まれた行動意識とは。
エンゲージメントサーベイから分かった3つの課題
奈良: 今までお話を聞く中で、KPIを設けて施策を着実に推進されている印象を受けているのですが、伊藤忠商事の人事施策上の課題はありますか。
岩田: エンゲージメントサーベイを実施しておりまして、そこから分かった課題が大きく3つあります。
1つ目は、若手・中堅(20〜30代)のエンゲージメントがやや低下していること。エンゲージメントの低下によって、予想外に早く従業員が退職してしまうことがあります。世間一般的の離職率に比べるとかなり低くはありますが、転職が一般的なものになり10年選手も結構辞めてしまいます。
成長できる場を見いだしたいという若者の価値観もあるとは思うのですが、やはり背景には40〜50代を中心とした男性社会、古い社会の考え方があって、それが若者と少し乖(かい)離しているのではないか? という懸念があります。
奈良: 確かに、価値観の多様化に加えて、転職が与える影響も大きいですよね。
岩田: そうですよね。また、2つ目は効率重視の組織・人員体制です。人間が少ないから組織の数も少ない。
例えば、次世代の車の開発など、新しいビジネスをやるとなった時に、蓄電池や化学品、機械などいろいろなものが割り当てられますが、組織や人員の余裕がそんなにないので、どうしても壁がに当たってしまいます。そうした時にこれを打破しなくてはいけないのです。
3つ目は、画一的なキャリア・働き方の部分で、競争優位性としての多様性尊重や多様な働き方への理解が不足していた部分がありました。
奈良: ありがとうございます。課題を3つご紹介いただきましたが、どのような対策を取られているのでしょうか。
岩田: はい。対応方針も大きく3つで、個の尊重を促す働き方のさらなる進化、成長の機会をつくる若手・中堅の活躍支援・多様性の推進として女性の活躍支援を挙げています。
働き方のさらなる進化では、「朝型フレックスタイム制度の導入」や在宅勤務の全社員への適用、若手・中堅の活躍支援では主体的なキャリア形成・社内流動化、女性の活躍支援では育児参画などの男性従業員の意識改革や出産早期復職によるキャリア継続支援に取り組んでいます。こうした施策のブラッシュアップのフェーズです。
また、主体的なキャリア形成では、従業員の希望やニーズ、実現したいキャリアなど、若手従業員の声に耳を傾けています。
そして、もう一つ大事なのが、女性の活躍支援です。これには男性の意識改革が必要になるので、2024年4月から男性の育児休暇取得を必須化する予定です。
また、アンコンシャスバイアスという女性に対する意識を変えていこうと取り組んでおり、取り組みの一環としてこれも24年4月から執行役員の女性を新たに5人登用する予定です。社員に対する意識改革という意味では大きな問題提起かなと考えております。
奈良: ありがとうございます。課題と対応方針のマトリクスを使いつつ、課題に沿って諸施策を実施されているのですね。この他新たに実施した人事施策などもあるのでしょうか。
岩田: はい。実は21年度のエンゲージメントサーベイの結果から「組織の壁を越えたアイデア・リソース共有」が改善事項として挙げられました。
そのため、組織案件の推進や新規事業創出のさらなる加速に向け、従業員が所属組織に縛られずオンライン上で協業可能な「バーチャルオフィス」を設置しました。
当社では社外での兼業について、50歳以上には個別に許可しているのですが、50歳未満は原則禁止にしています。理由としては、通常業務もある中、他の仕事をする時間の捻出が難しいケースが多く、勤務時間数の管理や法令順守の観点でそのような規定を設けています。
その一方で、組織の縦割りの打破も必要なので、組織横断的なビジネスを週5時間までであれば、自分の時間をそっちのサイドビジネスに使っていいですよとしています。今年は約80人の従業員が、募集している16案件に応募していますね。
奈良: 社内兼業制度も導入し、他の制度同様、こちらもブラッシュアップしていかれるのですね。
人的資本経営を推進する上でのさまざまな施策や効果測定についてうかがうことができ大変参考になりました。本日はお話しいただきありがとうございました。
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