学びを「隠す」日本人 リスキリングが進まないワケ(3/3 ページ)
昨今、リスキリング・ブームと人材開発の活性化により、各企業で「学び合う組織づくり」への関心が高まっている。しかし、パーソル総合研究所が実施した「学び合う組織に関する定量調査」では、日本は学ぶ個人が少ないのと同時に、学んでもそれを周囲に共有しないという、学びの「秘匿化」の傾向が明らかになった。
なぜ学びを「隠す」のか
さて、なぜ従業員はそのように学びを隠し、「コソ勉」に走るのだろうか。共有したときの周囲の反応を予想させることで、そのヒントを探ることができる。従業員は、自分の学びを職場で共有することについて、「反応が薄そうだ」「興味を全く持たれなそうだ」「仕事が暇だと思われそうだ」といった意識を持つことが分かっている。
「コソ勉」の促進要因をさらに詳しく分析すれば、周囲が関心を示さなそうだという「無関心予期」の他にも、「学びは一人で行うもの」という「独学バイアス」や、転職や異動を考えている/出し抜こうと考えていると思われるという「裏切り者予期」などの要因が影響していることが分かっている。
日本の職場にとって、学ぶことは「裏切り」である
これは日本の学び方を考える上で、実に興味深いファインディングスだ。賃金・技術・訓練の水準が外部労働市場ではなく「内部」に進化した日本では、異動配置の権限もまた企業内のロジックで決まる傾向が強い。ジョブ・ローテーションなどの配置転換を会社主導で行うことによって、個人が計画的かつ主体的に特定ジョブの知識を学ぶ意欲は失われていく。
こうした状況では、配属されてから「その職場の仕事のやり方やスキルをキャッチアップする」までが学び直しになりがちだ。筆者の言い方では、過去の職場のノウハウの蓄積から、「復習型」の学びをすることの比重が大きくなるということである。
その上で、秘匿化の要因から見えるのは、現場で目の前の業務遂行に必要なこと以上のスキルや知識を学ばなくなると同時に、そうした学びを共有することがその職場に対する「裏切り行為」になると感じられているということだ。「目の前の仕事以上」の学びの共有が、その職場からの離反的な態度の表明になりかねないというのは、極めて日本独特の現象といえよう。
さらに、日本の働き方は業務の相互依存性が高く、「空白の石版」といわれるような職務内容の柔軟性が特徴だ。学びを報告すると「暇だと思われてしまい」、余計な仕事が降ってきそうという意識も見られた。極めて長い水準に設定された労働時間規制も、その構造に加担していよう。
DXを含む事業変革や、業務改善といった生産性の向上に対しても、こうした「復習型」の学びで止まる引力の存在は、障害以外の何物でもない。「リスキリング」といいながら学習プログラムを追加したり刷新したりするだけの施策では、こうした組織的な問題が解決するわけもない。
拙著『リスキリングは経営課題』(光文社)でも詳述したように、他者との協働的な学び「コミュニティ・ラーニング」の仕掛けや目標管理の見直し、学びの相談機会・ワークショップ設定など、学び合う組織のための施策は複合的かつ総合的に行われる必要がある。
まとめ
本コラムは、パーソル総合研究所の調査から見えた学びの「秘匿化」=「コソ勉」というプロセスについて紹介した。
まず、自分の学び行動に周囲が関心を示さなそうだという「無関心予期」や、転職や異動、出し抜こうと考えていると思われるという「裏切り者予期」などの要因が影響していることが分かった。
さらに、配置転換を会社主導で行う企業が多い日本では、配属後にその職場の仕事のやり方をキャッチアップする「復習型」の学びの比重が大きく、目の前の業務遂行に必要ないスキルや知識を学ばなくなると同時に、そうした学びを共有することがその職場に対する「裏切り行為」になると感じられていた。
さらに、学びを報告すると「暇だと思われてしまい」、余計な仕事が降ってきそうという意識も見られた。
これは、リスキリング促進に伴う学習プログラムの刷新を超え、より本質的に組織マネジメントとしての学び合う組織づくりを考える上で見過ごせない大きな障害だ。組織全体で学び合う文化をつくるためには、コミュニティ・ラーニングのように、個人レベルを超えた組織レベルの取り組みが必ず求められる。
小林 祐児
パーソル総合研究所シンクタンク本部上席主任研究員。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。新著『リスキリングは経営課題』では、従来の発想を乗り越えるべきという提案にはじまり、リスキリングを現実的に進めるための仕掛けや仕組み、方向性について、各種データをもとに論じている。
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