エンゲージメント調査の“賞味期限”は2カ月──旭化成がスピード感重視で現場に戻すワケ:【中編】徹底リサーチ! 旭化成の人的資本経営(1/2 ページ)
旭化成は独自のサーベイ「KSA」で従業員のエンゲージメントを測っている。サーベイの結果は実施から2カ月未満で現場に対し公開するというが、なぜそこまでのスピード感を持って取り組むのか。また、どのようにして活用しているのか。
連載:徹底リサーチ! あの会社の人的資本経営
近年、注目される機会が増えた「人的資本経営」というキーワード。しかし、まだまだ実践フェーズに到達している企業は多くない。そんな中、先進的な取り組みを実施している企業へのインタビューを通して、人的資本経営の本質に迫る。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏。
「多様な“個”の終身成長+共創力で未来を切り拓く」という人材戦略を掲げ、人的資本経営の推進に取り組んでいる旭化成。多くの日本企業が腐心するイノベーションを起こすための専門性の向上と、自律的な成長をどのように実現してきたのか。
人事制度室長 白井彰氏と人財・組織開発室長の三橋明弘氏に、人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏がインタビュー。旭化成の変革の裏側と、人的資本経営の本質に迫る。前編記事「旭化成『多角化経営』のカギ 独自の人材戦略を読み解く」では、旭化成の高度専門職制度について紹介した。
今回の記事では独自のエンゲージメントサーベイ「KSA」を用いた旭化成の人事施策について取り上げる。サーベイの結果は実施から2カ月未満で現場に対し公開するというが、なぜそこまでのスピード感を持って取り組むのか。また、どのようにして活用しているのか。
独自のエンゲージメントサーベイ「KSA」とは
奈良: 従業員のエンゲージメント向上にも力を入れられていますよね。多くの企業が苦労されている分野です。
三橋: 働き方に関する価値観が多様化する中、従業員一人一人が生き生きと活躍するためには、各組織のトップが従業員や組織の現状を的確に捉えて、適切な打ち手を講じながらエンゲージメントを高めていくことが重要です。
エンゲージメントサーベイは各社で取り組まれているようですが、当社グループでは、2020年に従業員意識調査の内容を抜本的に見直し、ワーク・エンゲージメントや成長につながる行動を調査するサーベイ「KSA(活力と成長アセスメント)」を新たに導入しました。KSAは、大阪大学 開本浩矢教授の「組織行動論」に基づいた「活力と成長循環モデル」で、個人と組織の状態を3つの指標(1:上司部下関係・職場環境、2:活力、3:成長につながる行動)で捉えています。
当社では、3つの指標とそれらの影響度合いを確認することで、これまでの施策の成果を可視化し、次の施策に活用するという取り組みをしています。
奈良: 組織行動論という学術的根拠に基づきながら、独自のサーベイ系式でエンゲージメントを測定し、組織改善をされているのですね。調査のボリュームや実施回数についてはいかがでしょうか。
三橋: 調査は全70問で年1回の頻度で実施しており、設問の一部にワークエンゲージメントに関する項目を入れています。設問内容は世の中で標準化されているようなものですが、その組み合わせ方が他社にはない当社独自のものです。大阪大学の開本教授にご協力いただきました。
サーベイの質問は、最終的には「成長につながる行動」を主要のKPIとし、主には(1)上司部下関係が(2)活力、ワークエンゲージメントに影響し、ワークエンゲージメントが(3)成長につながる行動に影響する、というモデルに基づいて(1)〜(3)に関する設問で構成しています(下図参照)。
奈良: 上司部下関係、活力、成長につながる行動について毎年サーベイすることで、それぞれの変動だけでなく、最終的なKPIである「成長につながる行動」を増やすためにはどうすれば良いかを分析しやすくなりますね。
調査の結果を具体的な施策に活用するまでのステップやスケジュールについてはいかがでしょうか?
三橋: 前提として、7月の第2週中旬ぐらいから約2週間のうちに各従業員に回答してもらいます。サーベイはシステムで実施して集計しますので、そこまで時間はかかりません。
その後、8月中旬にまずは経営陣、各領域の事業部長以上にその配下の組織の分析結果をシステム上で公開します。
そして、9月の頭に部長・課長、いわゆるラインのグループのマネジャーが、自分の組織がどうなっているかをレポートで見られるようになります。
これらの分析結果に基づき、次のサーベイまで、各職場でその職場が良くなるような取り組みをする形で進めています。
奈良: サーベイ開始から各レイヤーへのフィードバックが2カ月未満程度と考えると、すごいスピード感ですね。
三橋: 以前は1回の集計に四半期近くかかっており、それが課題になっていました。外注していたので分析結果が返ってくるまでが遅かったのですが、内製化しました。運用は大変ですが、スピード感は上がりました。
半年たつと部門の状況が変わっちゃうんですよね。十数年前から従業員調査はさまざまな形で実施してきましたが、われわれもうまくできていませんでした。
奈良さんが仰った通り、他社でもがうまくいっていない事例は多いようです。われわれもそうでして、その理由がサーベイからフィードバックまでのリードタイムが長く、フィードバックされるころにはそのデータが古くなっており現場で活用しづらいというものでした。
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