旭化成「多角化経営」のカギ 独自の人材戦略を読み解く:【前編】徹底リサーチ! 旭化成の人的資本経営(1/3 ページ)
経営を多角化させてきた歴史を持つ旭化成。新規事業の創出や既存事業の強化に貢献できる人材を育成していく目的で、ある制度を設けている。制度の内容や運用方法とは?
連載:徹底リサーチ! あの会社の人的資本経営
近年、注目される機会が増えた「人的資本経営」というキーワード。しかし、まだまだ実践フェーズに到達している企業は多くない。そんな中、先進的な取り組みを実施している企業へのインタビューを通して、人的資本経営の本質に迫る。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏。
「多様な”個”の終身成長+共創力で未来を切り拓く」という人材戦略を掲げ、人的資本経営の推進に取り組む旭化成。多くの日本企業が腐心するイノベーションを起こすために、専門性の向上と自律的な成長をどのように実現してきたのか。
旭化成の「高度専門職制度」と「エンゲージメントサーベイ」に関する取り組みを人事制度室長 白井彰氏と人財・組織開発室長の三橋明弘氏にインタビュー。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行うWorks Human Intelligence総研リサーチの奈良和正氏が務めた。旭化成の変革の裏側と、人的資本経営の真髄に迫る。
ビジネスモデルの変化を踏まえた独自制度とは
総合化学メーカーたる同社。100年の歴史の中で経営を多角化させてきた歴史を持ち、現在は住宅領域・マテリアル領域・ヘルスケア領域の3領域の事業を軸としている。こうした背景から、新規事業の創出や既存事業の強化に貢献できる人材を育成していく目的で、ある制度を設けている。
「高度専門職制度」というもので、高度専門職を「エキスパート」「リードエキスパート」「プリンシパルエキスパート」「エグゼクティブフェロー」「シニアフェロー」の5つに区分。役割の明確化と処遇の向上によって、人材の成長と共に優秀な外部人材の獲得を目指す。
各事業領域で高度専門職の後継者育成計画を策定し、事業の強化と人材育成をリンクさせ、競争力の強化に取り組んでいる。
奈良: 高度専門職の方々には、その他の従業員と同じ等級制度、評価制度が適応されるのでしょうか。
白井: はい。高度専門職制度内で最も下のクラスがエキスパートですが、一番上のエクゼクティブフェローは執行役員相当、一番下のエキスパートは課長相当の等級となります。評価制度は高度専門職外の人と同じ評価制度で、目標管理制度上で設定する目標が異なる程度です。
奈良: 高度専門職人材のポートフォリオはどのように構成されているのでしょうか。
白井: 高度専門職における人材ポートフォリオからお話しさせていただくと、住宅・マテリアル・ヘルスケアなど、事業横断で強化すべき技術領域を「コア技術領域」と定義し、各コア技術領域を牽(けん)引する技術者を高度専門職に任命しています。
当社グループの競争力の源泉となるコア技術・生産技術・ノウハウ、事業プラットフォーム・多様なマーケットチャネル・ビジネスモデルを毎年見直して、下記の10領域を事業横断のコア技術領域として定義しています。
また、各事業固有の領域や、全社横断的な重要職能領域(コアプラットフォーム領域)についても専門家として社内で育成すべき領域・職種を定義し、各領域を牽引する人材の育成を加速させています。
奈良: ビジネスモデルの変化も加味しながら、毎年定義を見直されているのですね。高度専門職の方々の登用、昇進、罷免など、人材の配置転換はどのようにされているのでしょうか?
白井: 各領域に設けている「人財育成委員会」で誰を登用するかなどを決定しています。まず人財育成委員会に推薦する候補者が決まり、その後本人が専門職としてどのように活動するのかプレゼンテーションを行い、その結果次第で登用の可否を決定します。
また、高度専門職には3年間の任期を設けています。3年後の時点でそれまでの活動と、今後そのような活躍をしていけるのかをあらためてプレゼンテーションしてもらい、その上で継続して再任するか、一つ上のクラスに登用するか、退任するかなどを決定しています。
奈良: 退任するケースもあるのですね。会社としては従業員がどのようなパフォーマンスを発揮できるのかを都度確認でき、従業員としてもどのように自分が活躍し、キャリアを築いていきたいのかを見つめられますよね。従業員のキャリア自律と適切な人員配置、双方の視点でみてもメリットが大きいと感じました。
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