ビール列車があるのに、なぜ「京急蒲タコハイ駅」は非難された? 現地で聞いた「何が悪かったのか」の声:長浜淳之介のトレンドアンテナ(6/6 ページ)
「京急蒲タコハイ駅」イベントが、NPO法人からの指摘を受けて一部実施内容を縮小することになった。問題点はどこにあるのか。現地を取材して見えてきたこととは。
サントリーの見解は?
一部自粛してイベントを開催した理由として、サントリーHD・広報は、次のように回答した。
「適量のお酒はさまざまな場面に彩りを与え、生活を豊かにしてくれる素晴らしいものと考える。だからこそ当社では適正飲酒を勧めるモデレーション広告を、1986年に開始後、現在も継続しており、また当社社員が直接、お客さまに働きかけるDRINK SMARTセミナーを実施するなど、さまざまな取り組みで、適正飲酒の啓発に努めている。
広告出稿に関し、ルールを順守し、さまざまなリスクに対する考慮・配慮を講じたうえで実施しているが、ご指摘をいただいた場合には、内容を検討し、責任あるアルコールのマーケティングの実践につなげている」
確かに、酒に含有されているエチルアルコールには、致酔性、依存性、発がん性、胎児毒性などさまざまなリスクがあり、単なる嗜好(しこう)品ではないかもしれない。また、酒の広告を、20歳未満の人、断酒・禁酒中の人、飲めない体質の人に、意図せず目に飛び込むような強制視認性が強い、駅のような公共の場所で、見せるべきではないという意見も分かる。
筆者は交通広告の心理学に詳しくないが、過去の経験を振り返ると、広告が購買行動に影響を与えたことはあったかもしれない。強いて挙げれば、週刊誌など雑誌の中吊り広告は、情報として入ってかなり入ってきた感がある。
京急蒲タコハイ駅の看板、ポスターを見ると、田中さんの容姿ばかりが目立って、タコハイの情報はそれほど目立たない印象だ。
今時、駅の出入口や通路などは通過するだけで、駅のホームや電車の中では、だいたい皆、スマホを見ている。交通広告の強制視認性も薄らいでいる感がある。
筆者の知人がアルコール依存症に苦しんでいたので、酒のポスターを見ただけでもついついコンビニで酒を買ってしまうということがあり、飲酒を自力でコントロールできない症状があることは承知している。
しかし、日本のアルコール依存症の成人の人口比は、2016年のWHO調べで1.1%と低い。米国は7.7%、韓国は5.5%だ。欧州のベラルーシでは11.0%など特に高い国もある。
日本のアルコール依存症の人の割合が低いのは、前述のASKや主婦連の尽力もあるが、日本の酒にかかわる産業、酒を飲む人の自己管理が、意外としっかりしていることを示しているのではないか。
アルコール依存症予防と救済の観点から、酒という特殊な商材の広告を見たくない権利を主張する気持ちも分からないでもない。しかし、これを端緒に違法でもないのに、自分が見たくない権利が認められていくと、表現の自由がどんどんと奪われていく可能性がある。また、日本国憲法で掲げる基本的人権の尊重に照らして、98.9%の非アルコール依存症の成人のお酒を飲む自由にも、配慮していただくわけにはいかないだろうか。
著者プロフィール
長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。著書に『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(交通新聞社新書)など。
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