「セクハラ被害で起業を諦める」論争、問題点はどこか? 深刻な二次被害も:働き方の「今」を知る(1/3 ページ)
女性起業家が告発したセクハラ被害について、SNSで議論が巻き起こった。議論の問題点はどこにあるのか? 二次被害も発生する深刻な実態を紹介する。
本年8月末にNHKが、女性起業家が遭遇したセクハラ被害について報道した。
それに対して、とある経営者がSNS上で「セクハラなんて可愛く思える位、エグい経験するのが会社経営。それで諦めるなら、起業家には向いてない」との主旨のコメントを投稿し、賛否両論を巻き起こした。
筆者は、企業や官公庁、自治体、業界団体などに対してハラスメントの予防対策を伝え、被害解決の支援を行う専門家だ。以前と比べてハラスメント関連の啓発は進みつつある一方で、ハラスメント被害の実態、特にセクハラについては、まだまだ理解が及んでいないこと、誤解されていることも多い。
議論が生まれたこの機に、本件の背景事情と一連の議論における問題点、セクハラが引き起こす二次被害など、リアルな実態を紹介・解説する。
「セクハラ被害で起業を断念」 賛否を分けたのは
議論の元となった報道は、NHKの「女性起業家の半数がセクハラ被害” スタートアップ業界で何が」と題された記事だ。
「過去1年間に女性起業家の半数がセクハラ被害に遭っている」との内容で、実際にセクハラ被害を経験した女性による実名での告発のほか「投資の見返りに性的関係を求められた」「女性に管理職は無理と言われた」「セクハラについて周囲に相談したら『相手は権力者だから黙っておいたほうがいい』と忠告された」といった生々しい被害報告がなされていた。
報道によると、加害者の属性は投資家や取引先など、起業家に対して強い立場にある人物が多くを占めているという。その背景事情として、ベンチャーキャピタルの投資意識決定層やスタートアップ業界における男女割合の極端な偏り、「セクハラは当たり前」的な環境が指摘されていた。社会の半分を占める女性が働きにくい環境では、スタートアップ業界の成長も見込めない。多様な人材が活躍できることの必要性が説かれるものであった。
その後当該報道に対して、とある企業経営者がSNS上で投稿したコメントが話題となった。
厳しい言い方になるけど、これで諦めるなら、起業家には向いてないんじゃないかと。
セクハラなんて可愛く思える位、エグい経験するのが会社経営です。
守られてる立場で働いた方がその人の為。
自分の身は自分で守る、会社も自分で守らないといけないんだから、その器じゃないと言う事。
この意見に対して「確かに、経営者なら相応の覚悟が必要だ」「いや、セクハラに無自覚すぎるのでは?」と、賛否入り乱れる議論となったのだ。
当該投稿に賛同的な意見の主旨としては、次のようなものが見られた。
- 起業して人を雇い、会社を経営する中では、同業者からの妨害や、取引先からの理不尽な仕打ち、部下の裏切りなど、厳しい状況が多々訪れる。経営者であるならば、どんなに厳しい状況でも乗り越える覚悟を持たねばならない。厳しい状況の辛さはセクハラ同等であり、その同等の辛さに耐えられないというならば、起業や経営には不向きなメンタルといえる。
- 別にセクハラに耐えろと言っているわけではない。しかし経営者であれば、セクハラを突っぱねたり、上手く受け流したり、逆に利用するくらいの気概が必要ではないか。
筆者が閲覧した限りでは、賛同的な意見を表出していたのは、元投稿と同様の立場である企業経営者、それも男性が多数派のようであった。筆者も曲りなりにも経営者の端くれとして、同様のハードシングスはいずれも経験済であるので、「経営者は理不尽に耐える気概が必要」との部分は、気持ちとしては理解できる。
一方で、否定的な意見の主旨としては次のようなものがみられた。
- 経営における苦労と、セクハラを同列に語るべきではない。前者は自分で選んだ道である以上自己責任の面もあるが、後者は一方的な人権侵害であり、「もらい事故」のようなもの。かつ前者は男女ともに発生し得るが、後者の被害は女性に偏っており、「女性である」というだけで理不尽なハードルが追加されていることを無視した発言だ。
- 「『セクハラに耐えろ』と言った/言ってない」「セクハラは突っぱねろ」「受け流せ」「利用しろ」などは論点ではなく、そもそも「セクハラ加害者」が存在しなければこんな問題にならない。「セクハラはダメ」を共通認識とし、発生をゼロにすべきだ。
筆者が社会人になったばかりの今から四半世紀以上前は、まだ「セクハラされるのも仕事のうち」といった言説がまかり通っていた時代であった。それを考えると、男性側から上記のような意見が出されるようになった現代は幾分進歩したようにも思える。今般の議論を一時的なもので終わらせるのではなく、業界全体が変革するきっかけにしていく必要がある。
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