「セクハラ被害で起業を諦める」論争、問題点はどこか? 深刻な二次被害も:働き方の「今」を知る(2/3 ページ)
女性起業家が告発したセクハラ被害について、SNSで議論が巻き起こった。議論の問題点はどこにあるのか? 二次被害も発生する深刻な実態を紹介する。
一連の議論における問題点とは?
本件報道におけるそもそもの元凶は「スタートアップ経営者にセクハラした投資家」にあるはずだ。被害を訴えた女性経営者はそれで心が折れたという紛れもない事実があり、勇気を振り絞って実名・顔出しで告発した。
にもかかわらず、今般の議論においてセクハラ加害者には何ら言及されないばかりか、なぜ告発者側が「経営者の気概が足りない!」などと批判されなければならないのだろうか。このような事態がまかり通っているがゆえに、元報道にあったような「黙っておいたほうがいい」といった風潮になるのではないか。
先般も、ベンチャー企業取締役による「ベンチャーにいるなら盆やGWに休むな」「定時に帰るな」といった言説が炎上したばかりだが、経営者としての覚悟を誇示したいのなら自分だけでやればよかろう。セクハラ被害者を引き合いに出したり、経営者とは立場が違う一般社員を同列に語ったりする必要など皆無なはずである。
この種の「自分は乗り越えられたのだから、これに耐えられないなら一人前ではない」といった考えが、わが国に長らくブラック企業を蔓延(はびこ)らせてきたと言ってもよい。この種の論説は、もう終わらせなければならない。
さらに、冒頭の経営者のSNS投稿を擁護する意見の中には「自分の会社が危機に瀕して投資が必要なら、セクハラぐらい受け入れる」「セクハラされる程度で投資してもらえるなら楽なもの」といった主旨のものも散見されたのだが、実にくだらない考えといえよう。
そういった意見を持つ人たちはおおむね男性であるがゆえに、言葉の端々に「セクハラぐらい」といった考えが透けて見えるのだが、一寸立ち止まって考えてみるべきだ。自分より遥かに大きな、筋骨隆々の男性が性欲を見せながら迫ってきて、身の危険を感じても、「セクハラくらいかわいいもの」と受け流せるというのだろうか。そんなハードシングスなど不要だし、本来あってはならないものだ。
そもそもセクハラ加害者がいなくなりさえすれば、本来何の問題もないのである。それを経営者の資質であるとか、ハードシングスなどと混合している時点で、セクハラを容認しているのと同様といえよう。
大前提として、セクハラの何がダメなのか?
職場におけるセクハラとは、次のように定義される。
職場においておこなわれる、労働者の意に反する性的な言動により、労働者が労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されること。
では「労働者の意に反する性的な言動」とは具体的に何を指すのか。実際は多岐にわたるが、令和5年度厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」(PDF)によると、職場でセクハラを受けたと回答した人のセクハラ内容としては「性的な冗談やからかい」「不必要な身体への接触」「食事やデートへの執拗な誘い」が回答上位を占めた。
パワハラについては、単に受け手が「パワハラだ」と感じるだけではなく、その背景事情や頻度なども含めて総合的に判断されるが、セクハラに関しては基本的に「受け手が不快に感じるか否か」によって判断される。より広範な事象までセクハラとなり得る点に留意が必要だ。例えば、次のような行為もセクハラと認定された前例がある。
- 自分自身の性的な経験や性生活、他人の身体的特徴やスリーサイズなどを話題にする
- 体調が悪そうな女性に対して「今日は生理か」「もう更年期か」などと言う
- 相手の身体をしつこく眺め回す
- 女性との理由だけで、職場でお茶汲み、掃除、私用などを強要する
- 宴席で異性上司の隣に座ることや、お酌、カラオケでのデュエット、チークダンスなどを強要する
- 「男のくせに根性がない」「女に大事な仕事は任せられない」など、性別による差別意識に基づいた発言をする
- 「男の子・女の子」、「坊や・お嬢さん」、「おじさん・おばさん」など、相手の人格を認めない呼び方をする
セクハラを受けることによる悪影響は、単に被害者が不快になるだけではない。実際に被害に遭った人への調査結果として、「怒りや不満、不安などを感じた」「仕事に対する意欲が減退した」「職場でのコミュニケーションが減った」など、心身への悪影響のみならず、仕事へも悪影響が波及することが明らかになっている。
このような事態が発生・蔓延しないように、セクハラの防止対策は男女雇用機会均等法によって事業主の義務として定められており、組織として実施すべき防止措置についても、厚生労働省からも細かい指針が示されている。主には次のようなものだ。
- 事業主の方針を明確化し、全労働者に対して周知・啓発すること
- 相談、苦情があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認し、当事者に対して適切に対処する体制を構築するとともに、再発防止の措置を講ずること
- 相談者や行為者に対する不利益な取扱いの禁止
そして、会社がセクハラ防止措置を怠った際には、企業名が公表される場合もある。「セクハラくらいで……」という軽視した考えは、組織崩壊のリスクをはらむのだ。
セクハラが表沙汰になった際のリスク
被害者が声を上げ、自社内でセクハラが発生していたことが判明し、それが公になったらどうなるのか。組織はどのようなリスクに晒(さら)されているのだろうか。
まず会社(使用者)は、法的責任と行政責任を負うことになる。
- 債務不履行責任(民法415条):会社は従業員に対して、働きやすい職場環境を整備する義務(職場環境配慮義務)があるため、セクハラが発生すると、会社はこの義務に違反したとされ、被害者は会社に対して債務不履行責任として損害賠償請求が可能となる。
- 使用者責任(民法715条):会社は、従業員が第三者に損害を与えた場合、使用者責任として損害賠償の責任を負うこととなっている。
- 行政責任(男女雇用機会均等法):男女雇用機会均等法に則り、会社が労働局から助言、指導、勧告といった行政指導を受ける可能性がある。
さらにセクハラ加害者は、刑事責任と懲戒リスクを負うことにもなる。
- 刑事責任:セクハラの態様が悪質な場合、加害内容に応じて「強要罪」(刑法223条)、「名誉毀損罪」(刑法230条)、「侮辱罪」(刑法231条)、そして「強制わいせつ罪」(刑法176条)や「強制性交等罪」(刑法177条)などが成立し、刑事罰を受ける可能性がある。
- 懲戒リスク:ハラスメント加害者として、就業規則に則って戒告、譴責、訓告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などの懲戒処分を受ける可能性がある。少なくとも、組織内で居場所を失うことになりかねない。
法的なリスク以外にも、企業活動にネガティブインパクトを与えるリスクは多々ある。
- 職場環境悪化リスク:従業員がセクハラ行為を直接受けることによる被害が甚大なのはもちろんだが、周囲のメンバーがセクハラ行為を目の当たりにしたり、組織上層部が事態を解決しようとしなかったりすれば、メンバーは組織のコンプライアンス意識の低さや自浄作用のなさに愛想を尽かし、モチベーションは当然低下する。必然的に作業ミスが増え、生産性も低下、鬱病罹患者や休職者、退職者も増加し、業績にも大きなネガティブインパクトを与えることになるだろう。
- レピュテーション(評判)リスク:セクハラが行政指導や社名公開、訴訟、マスコミ報道などへと発展した場合は、SNSや会社口コミサイトなどを通して「あの会社、セクハラが横行するブラック企業らしい」とのネガティブな情報が急速に拡散する。結果として「炎上」や「風評被害」などのレピュテーションリスクに直結し、求人募集や取引先拡大に悪影響を及ぼす。最悪の場合、現行の取引先からも「コンプライアンス体制が整備されていない未熟な会社」と評価され、取引が打ち切られることにもなり得る。
ネットが発達した昨今においては、とくにレピュテーションリスクによる企業の社会的イメージ悪化は取り返しのつかない事態となるだろう。特に普段、対外的に「ダイバーシティ」「健康経営」「SDGs」などと、聞こえの良いトレンドワードを掲げている会社こそ受ける反動は大きい。そもそもセクハラを発生させないよう、日々の地道な取組が求められるのだ。
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