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「AI採用」のモノサシは何? 効率化のウラで起こり得る“怖いミスマッチ”河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/2 ページ)

AI技術が進展し、採用活動にもAIを使う企業が増えています。こうした効率化が進み、即戦力のある学生を求める企業が増えることにはリスクもあります。ミスマッチを起こさないために、企業はどのような点に気を付けるべきなのでしょうか?

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企業にとっていい人材とは

 企業にとっていい人材とは、その組織の「本当の一員」となってくれる人ではないでしょうか。つまり重要なのは社会人基礎力で測れるようなヒューマンスキルではなく、その企業の文化を愛し、その企業と価値観を共有でき、その企業とともに自己を成長しようと願う、企業の組織風土や文化と相性のいい人材です。

 企業各々で相性のいい人材は違いますし、前に踏み出す力がどんなにあろうと、考え抜く力がどんなに優れていようと、チームワークをどんなに大切にする人材であっても、企業と同じ方向を向こうとしない、組織風土に馴染めない、企業の文化を受け入れることができない人材が、戦力となることはありません。

 その可能性を見極める唯一の期間が「就職前」です。

 新卒社会人にとって大切なのは組織に適応することで、それは入社前から始まります。キャリア心理学ではこれを「組織社会化(organizational socialization)」と呼び、採用する過程(=就職前準備)は学生にとっては「自分が入りたい会社かどうかの情報を集める時期」であり、企業にとっては「自分たちの組織に適応できる人物かどうか」を見極める時期です。


画像提供:ゲッティイメージズ

 安易にAI採用に依存することは、お互いに数字にできない、見える化できない、五感を通じて「極めて個人の認知に基づく情報」を獲得する機会を逃すようなもの。

 むろん例に挙げたキリンホールディングスの場合は「AI面接官導入により創出された人的リソースを、応募者とじっくり向き合う最終面接や研修・育成プランの検討に振り向けるなど、採用の質の向上にも寄与する」としているので、AI面接はあくまでも対面での面接までの選別手段と考えているのでしょう。

 しかし、今後企業がただ単に「人事の人手が足りてないから」「人事の負担を減らすために」といった理由や、「とにかくAI活用! これからは何がなんでもAI!」とAI過信・依存で使うようになったら、会社の未来は暗いといわざるを得ません。

 米国ではAI採用が広がっていますが、そこで期待されているのは「職種別専門スキル診断」を徹底することです。米国と日本の就職活動は全く違い、実力主義で経験やスキルが重要視されますし、通年採用です。学業の成績も徹底的に重視されますし、採用後発揮できる即戦力をつけるためにインターンを経験します。日本のように一括採用、インターンという名の社会科見学とはわけが違うのです。

 日本はなにかと短期的な効率を追求して、使う側の論理だけで採用しますが、これは必ずしも生産性の向上になりません。

 組織がうまく回って生産性が向上するときは、例外なく全員が自分のやった仕事に達成感を持っていますし、「自分はここにいていいんだ」「自分はチームに貢献しているんだ」と実感を持てる状況を作ることが大切なわけです。そのために必要なのは、人と人がつながることへの投資です。

利益誘導型のキャリア教育のワナ

 「就職前」は学生が社内の人たちとつながる機会なのに、安易なAI採用の活用はそのつながる機会を奪うことになる。そう思えてなりません。

 例えば、私がこれまで取材した企業で、採用した若手がメンバーの一員として活躍している企業の多くは、「自分たちの熱い思いを学生に伝える」採用を行っていました。

 ある企業はネットでエントリーシートを受け付けるのをやめ、大学に社員が出向き、そこで開催するセミナーに採用側が積極的に参加し、直接会った学生からエントリーシートを受け付けるようにしていましたし、また、ある企業では高校や大学に出向いて社員が会社のいい面、足りない面、自分が抱く会社の未来などを、自分の言葉で伝え、興味を持った学生だけをインターンで採用していました。

 どちらの企業も「離職率が減った」「自分の頭で考えて主体的に動く若手が増えた」「受け入れる先輩や社員の意識も変わった」と話し、「自分たちも汗をかかないと、いい人材なんてとれませんよ」といい笑顔を見せてくれました。

 それに変化を予測するのが難しい、過去の成功法則も役に立たない時代です。

 こいういった時代に求められる人材は、常識や慣習にとらわれない、よく言えば破天荒、悪く言えば異端児です。これぞ多様性です。

 AI採用依存が増えれば、就活生は今まで以上に「社会人基礎力が高い」と判定されるためのスキル獲得に精を出すことでしょう。

 それは同時に大人たちのために、大人たちが作り上げた利益誘導型のキャリア教育が拡大し、社会人になるための準備もないままに会社員になり、短期間で独り立ちさせられ、孤独にさいなまれる若者を量産することを意味しています。

河合薫氏のプロフィール:

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 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。

 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) など。

 新刊『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)発売中。


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