「AIによるクレーム分析」で従業員を守れ カスハラ対策、企業が打つべき手は?:「音声×AI」が変えるビジネスの未来(1/2 ページ)
企業はテクノロジーを活用して、いかにカスハラ対策を講じていけばよいのでしょうか。本連載では、カスハラの基礎知識から、最前線のAI技術を活用した対策まで詳しく紹介していきます。
連載:「音声×AI」が変えるビジネスの未来
ビジネスシーンでAI活用が広がっている。AIに学習させられるデータは、テキストや画像だけではない。実は有効活用できるにもかかわらず、多くの企業が気付いていない宝の山、それが「音声データ」だ。「音声×AI」を軸としたサービスを展開するRevComm(東京都渋谷区)の中村有輝士氏が、音声AIを活用したコールセンターのカスハラ対策について解説する。
カスタマー・ハラスメント(カスハラ)は、いまや企業経営に深刻な影響を与える社会問題となっています。大手企業を中心に対応方針(ガイドライン)を公開し、厚生労働省もカスハラ行為の定義や防止策を企業に義務付ける方針を公表するなど、官民一体で対策が進んでいます。
一方で、東京商工リサーチの調査によると、「カスハラ対策を講じていない」と回答した企業は7割を超えており、依然として多くの企業が十分な対策を取れていない現状が浮き彫りになっています。
こうした中、近年はAIがカスハラ対策に有効なツールとして注目を集めています。企業はテクノロジーを活用して、いかにカスハラ対策を講じていけばよいのでしょうか。本連載では、カスハラの基礎知識から、最前線のAI技術を活用した対策まで詳しく紹介していきます。
著者プロフィール:中村 有輝士(なかむら・ゆきのり)
BPOコールセンターに10年間勤務。オペレーター、スーパーバイザー、マネージャー、営業など一通りの業務を経験。
その後、外資の証券会社で、日本にある営業部門とシンガポールにあるカスタマー部門をマネジメント。
2020年7月よりRevCommに参画し、カスタマーサクセスのマネージャーを経て、コールセンター向けプロダクト「MiiTel Call Center」のプロダクトマーケティングマネージャーを担当。福岡県在住。
カスハラ――企業にとっての新たなリスク
カスハラとは、顧客が通常のクレームを超えて不合理で過剰な要求を押し付ける行為を指します。正当なクレームは商品やサービスの改善につながるものですが、カスハラは企業や従業員に対する嫌がらせや攻撃的な行為が特徴で、企業側に過度な負担を強いる点が問題視されています。
カスハラが増加している背景には、以下のような社会的要因が挙げられます。
1. 顧客の価値観の多様化
顧客のニーズや価値観の多様化により、企業に求められる対応も複雑化しています。また、顧客のサービスに対する期待とのギャップが生じやすく、カスハラを引き起こす要因となっています。
2. コロナ禍による社会的不安とストレス増加
コロナ禍でのストレスや社会的不安によって、消費者の心理的負担が増大し、その矛先が企業へ向けられるケースが増えていると考えられます。
3. SNSの普及によるクレームの可視化と拡散
SNSの普及により、顧客の声や企業の対応が広まりやすくなり、過剰な要求を行う顧客の増加を招く要因となっています。
クレーム自体は昔からあり、サービスの向上を目的とした不満や提案がなされる場であった一方、過度な要求も少なくありませんでした。その結果、企業はバランスの取れた対応が求められてきました。特に2010年代以降、SNSの普及によって、顧客の意見が拡散されやすくなり、企業にとって即時に適切な対応を取ることに対する難易度が上がっています。
カスハラへの対策が不十分な場合、企業は以下のようなリスクを抱えることになります。
ブランドイメージの低下:カスハラ対策が不十分な場合、「晒し行為」などによって悪い評判が広まり企業ブランドの信頼が低下する
顧客離れによる売り上げ減少:対応の遅れや不適切な処理が原因で、他の顧客にも悪影響を及ぼす可能性がある
従業員の精神的負担の増加:カスハラによるストレスで休職が発生したり、離職率が上がるなど、組織全体の生産性低下につながる
また、企業には労働契約法に基づく安全配慮義務があります。カスハラ被害にあった従業員への配慮が不十分な場合、損害賠償請求など、法的な責任を問われるリスクもあります。
「すべての顧客に平等に」から脱却を
厚生労働省は、カスハラから労働者を守るため、企業向けの対策マニュアルやリーフレット、ポスターの作成・配布、研修動画の提供、相談窓口の設置などを通じて、企業が適切な対策を講じられるよう支援しています。 2024年12月には、企業に対策を義務づける方針を決定しました。また、東京都は2025年4月に全国初の「カスハラ防止条例」を施行予定であり、他の自治体にも同様の動きが広がる可能性があります。
企業においても、ガイドラインの導入や、従業員研修、相談窓口の設置といった対策を進める企業が増えており、特に昨年から大手企業を中心にカスハラのガイドラインを公表するケースも増えています。
ガイドラインは、企業としてのカスハラの対応方針や対策を明文化し、従業員が適切に対応するための指針を提供し、企業として一貫性のある対応を行うことで、顧客満足度の向上、従業員保護の役割を果たします。
カスハラ対策の第一歩として、企業が「どのような顧客を対象とし、どのような行為を許容しないのか」を決めることが重要です。これまでの「すべての顧客に平等に対応する」という考え方ではなく、企業の価値観やサービスの適正利用を尊重する顧客との関係を築くことが、持続可能な経営のためにも不可欠です。
具体的には、以下のような点を明確にすることが求められます。
- 企業が提供するサービス・商品を正しく理解し、適切に利用する顧客を対象とする
- 暴言や過度な要求を行う顧客には、適切な範囲で対応を制限する
- 一定のルールを守れない顧客には、サービスの提供を見直す選択肢を持つ
こうした指針を明確にすることで、従業員も迷うことなく対応でき、不要なストレスや業務負担を減らすことができます。企業として、すべての顧客に無条件で対応するのではなく、適切な関係性を築ける顧客と健全なビジネスを行うことが、今後の企業経営において重要な視点となるでしょう。
しかし、カスハラの定義は業種や商品・サービスの特徴、顧客対応のシチュエーションなどによって異なるため、一律に策定するのが難しい点が課題となっています。また、人手不足の企業では、カスハラ対策に十分なリソースを割けないケースも多く見られます。
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