“上場ゴール”消滅? グロース市場7割が大ピンチ、スタートアップの出口戦略は激変か:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」
基準の厳格化で、グロース市場から「上場廃止」となる企業が相次ぐか──。東京証券取引所(東証)がグロース市場の上場維持基準を見直した。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
基準の厳格化で、グロース市場から「上場廃止」となる企業が相次ぐか──。
東京証券取引所(東証)がグロース市場の上場維持基準を見直し、上場から5年後に時価総額100億円以上を求める方針を示した。
2022年4月の東証再編で創設されたグロース市場は、新興企業の成長力を期待して資金が集まる場と位置付けられた。しかし、IPO後の伸び悩みにより投資家の期待を裏切るケースが旧マザーズ市場時代から目立っていた。
今回の基準強化によって、経営者はグロース市場に上場後、早い段階で企業価値を高めることが求められる。上場廃止企業が続出する事態は起きるのか。スタートアップの「上場ゴール」とも言うべき選択肢は失われるのだろうか。イグジット戦略はどどう変化していくのか?
「上場5年後100億円」への基準引き上げ スタートアップに“甚大な影響”?
従来グロース市場では、上場から10年後に時価総額40億円以上という緩やかな基準が適用されてきた。ところが今回の見直しで、この基準が大幅に引き上げられ、上場5年後に時価総額100億円以上を求められることになる。
適用開始は2030年以降に上場5年目を迎える企業とされるが、将来的に条件を満たせない場合は上場廃止となるリスクが高まることから、既に上場済みのスタートアップやベンチャー企業にも緊張感が漂っている。
4月9日時点でグロース市場に上場している615社のうち、約72%に相当する447社が時価総額100億円未満にとどまっている。新基準が適用された場合、相当数の企業が猶予期間を過ぎても上場維持の基準を満たせないことになるだろう。
グロース上場企業は「5年以内に明確な成長戦略を打ち立て、時価総額を一気に引き上げる」ことが急務となってくる。
“早期成長”のプレッシャーがのしかかる
グロース市場は本来、高い成長可能性がある企業を育てるための舞台だが、近年は上場後に株価が低迷したまま停滞する、いわゆる「上場ゴール」に陥る企業も少なくない。
そうはいっても「5年で100億円」という絶対的な目標は、時価総額10億〜30億円程度で上場した「スモールIPO」の企業にとって、大きなハードルだ。場合によってはここから数年で株価を10倍以上に引き上げることが要求される。経営者にとって大きなプレッシャーになり得る。
中には、一時的に株価を上げるための施策に走る懸念も指摘される。市場としては持続的な利益成長と時価総額拡大の両立が課題となるだろう。
イグジット戦略はIPOからM&Aへシフトする?
現実的に考えて、株価を5年以内に数倍にすることは難しい。これを踏まえ、今回の新基準に伴い、スタートアップ企業のイグジット戦略に変化が起きる可能性が高い。
従来はIPO(新規株式公開)こそがスタートアップの王道とされてきたが、早期に100億円を超える成長を実現することが難しいと判断すれば、欧米のようにM&Aによるイグジットが一般的になる可能性が高まるだろう。
M&Aであれば、買収企業の経営資源やブランド力を活用して事業拡大を狙える上に、創業者やベンチャーキャピタルなどの投資家は上場を待たずして資金を回収できる。
こうした背景から、上場後の株価低迷を抱え込む前に「大手資本の傘下に入る道を模索する」ケースが今後増えていくかもしれない。
一方で、M&Aの加速はスタートアップの独立性や多様性を損ないかねない。
例えば、有力企業が、基準を満たせずにやむなく上場廃止に追い込まれることが考えられる。基準を満たせないために大手企業の傘下に入った結果、イノベーションの果実が大手企業に集中してしまうことで新興企業の活力がそがれるようなケースも想定される。
また、既に起業しているスタートアップ経営者にとっても、上場後に時価総額100億円が狙えるビジネスモデルが描けなければ、VCなどの資金調達が今までより難しくなることも懸念される。
グロース市場“厳選”の影響
ここまで、時価総額100億円基準のデメリットを述べてきたが、メリットもある。言い方を変えれば、100億円基準という高いハードルにより、グロース市場に上場する企業がより「厳選」されるというポジティブな影響も期待されるからだ。
東証マザーズ指数から接続した東証グロース指数は、市場再編もむなしく低迷が続いている。言い換えれば、グロース市場は全体としてもTOPIX指数やS&P500指数と比べて魅力が乏しいということだ。
時価総額100億円基準が適用されると、10倍、100倍に大化けする銘柄は少なくなるだろうが、その分だけ指数の安定感が強くなり、市場全体としての投資妙味も高まる。
東証が示した新たな上場維持基準は、グロース市場における“成長力の選別”を本格化させていくという姿勢の表れだ。
100億円に後わずかで到達する企業に対しては、東証は早期に成果を出せるビジネスモデル構築を望んでいることだろう。一方で、100億円よりもはるかに小さい企業群に対しては、M&AやTOBなどを通じたイグジットを推奨しているようにも思われる。
今後スタートアップが上場を目指すに当たっては、起業からIPOまでの過程で、十分な成長支援や資金調達の仕組みを整備しつつ、上場後も持続的に伸びる環境を醸成することが欠かせなくなるだろう。
上場企業の質を高めることは投資家保護や資本市場の健全化につながる。しかし、基準強化そのものが成長の遅い企業の排除を招き、イノベーションの芽が潰れてしまうことは避けなければならない。デメリットをカバーする設計が欠かせない。
このバランスをいかに保ち、新興市場の活力を次のステージへと導けるかが次世代の日本における成長を左右する。
グロース市場の7割以上が今後直面する「時価総額100億円」というハードル。市場参加者がそれぞれどのように対応していくのか注目したい。
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