50代社員を“新卒と同じ給与”に……オリンパス子会社「ジョブ型移行で4割減給」は認められるか?
ジョブ型人事制度への移行に伴い、オリンパス子会社に勤める50代のベテラン社員が突如として降格され「新卒と同等の給与」となりました。企業がジョブ型を導入する場合には、こうした大幅減給をしても法的な問題は生じないのでしょうか。“非情”とも取れる降格は、どこまで認められるのでしょうか?
著者紹介:神田靖美
人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。
ジョブ型人事制度への移行に伴い、50代のベテラン社員が突如として降格され「新卒と同等の給与」となり、また未経験の単純作業に配置転換される──。
大手内視鏡メーカー「オリンパス」の子会社が大規模な降格人事を実行し、問題になっています。
企業がジョブ型を導入する場合には、こうした大幅減給をしても法的な問題は生じないのでしょうか。“非情”とも取れる降格は、どこまで認められるのでしょうか? これまでの裁判事例を基に、考えていきます。
新卒と同じ給与額……「ジョブ型移行」なら仕方ないのか?
『週刊エコノミストOnline』の記事『オリンパス子会社「ジョブ型」雇用導入で200人が大量降格――訴訟提起や自殺未遂も』(2025年3月28日付)によると、オリンパスマーケティングでは40歳以上の社員200人が新入社員と同等の等級に引き下げられ、単純作業に配置転換される人も多数いました。
そうした中で、ある男性社員が降格の無効や配置転換の無効、ハラスメントに対する慰謝料などを求めて提訴しました。
記事によると、オリンパス本体から販売子会社「オリンパスマーケティング」に出向中のA氏(50代)は、2022年11月に行われた説明会で、2023年4月から始まる新人事制度で「G9」等級に移行されるという説明を受けました。G9は旧人事制度でA氏が属していた「P2」に相当する等級です。
しかし翌月、上長から「G11」に降格される旨を告げられ、同時に希望退職への応募もすすめられました。G11は新卒社員と同等の等級であり、その通りになると基本給は4割減ることになります。
A氏は希望退職に応じないまま新人事制度のスタートを迎え、内示の通りG11に降格されました。仕事も、医療器具の使い方を説明するためのデータベースを構築する仕事から、製品や修理品の運搬をするという単純作業に配置転換されました。
A氏はこうした措置を不服として、オリンパスの社長、オリンパスマーケティングの社長、やはりオリンパスマーケティングの経営戦略本部長の3氏を相手取り、民事訴訟を提起しました。
降格はどこまで認められるか
この件の争点である降格や配置転換については、制定法(憲法や法律、条令など成文化された法)が未整備で、判例法理(先行する裁判で示された考え方)で問題の解決を図ります。判例に照らしてA氏側と3氏側の有利・不利を予想すると、降格についてはA氏に分があるように思われます。
等級は賃金を決める際の基準であり、これを下げること(降格)は賃金を下げることを意味します。このため降格は会社側が一方的に行うことはできず、就業規則にどういう場合に降格させるかという条項を設けていなければなりません。「アーク証券事件」という裁判で、就業規則に根拠がないにもかかわらず等級を引き下げて賃金を下げたことは無効であるという判断が示されています。
降格を人事権の濫用(らんよう)と認めた裁判例としては、次のようなものがあります。
- 客観的合理的な理由がない降格(光輪モーターズ事件)
- 就業規則に能力上・業績上の降格基準が示されているが、会社側が主張する降格理由を示す証拠がなかったケース
- 就業規則に降格の、人事評価上の基準が定められているが、評価が適切になされていなかったケース
一方で降格を人事権濫用と認めなかった裁判例としては、次のようなものがあります。
- 経営陣の人格的非難を行っている監督職を降格させたケース
- 目標管理による人事評価で、降級基準に該当したために降格させ、原告も異議申し立て制度による異議を述べていなかったケース
ジョブ型雇用で降格は通常ない
『週刊エコノミストOnline』の記事によると、A氏とは別の、降格された社員が人事部長に確認したとき「新しい制度となったため、今までの能力、キャリアは関係なく、新たに配置転換を行った。ジョブ型になったので、あくまで配属された職務の等級になっただけ」と回答しています。
これが降格の客観的合理的理由になるとは思えません。前半については、詳しくは後述しますが、企業の配置転換命令権は広く認められているため、裁判でも認められる可能性があります。
しかし後半の「ジョブ型になったので、あくまで配属された職務の等級になっただけ」は合理性がありません。配属された職務で等級が決まるのは、ジョブ型ではなく職務給です。ジョブ型とは職務や勤務地を限定する雇用形式であり、ジョブ型でありながら企業側が一方的に配属を決めるというのは矛盾しています。
ジョブ型であれば、入社時に決めた仕事は本人が希望しない限り変わらず、仕事が変わらなければ等級も変わりません。等級が変わらなければ降格はあり得ません。厳しい話ですが、ジョブ型雇用の下で担当する職務が消えたとき、待っているのは配置転換ではなく解雇です。
会社が強力な配置転換命令権を持つ労働契約はメンバーシップ型です。人事部長の言葉は、「ジョブ型」という言葉を「メンバーシップ型」に置き換えてこそ意味が通じ、いくらか合理性を帯びてきます。
配置転換命令権命令権は広く認められている
配置転換については、ジョブ型を根拠にすることを除けば、経営側が有利であるように思えます。
就業規則に人事異動を行う旨の条項がある場合、裁判所は基本的に配置転換の命令権を認めます。例外は労働契約で職種や勤務地を限定している場合や、権利の濫用と認められる場合、法令違反となる場合です。
配置転換命令権については、母親、妻、幼少の娘との別居を余儀なくされる転勤命令を受けた労働者が提訴した「東亜ペイント事件」の最高裁判決が有名です。権利濫用について次のような判断の枠組みが示されました。
- 業務上の必要性がない場合
- 不当な動機や目的のためになされた場合
- 通常甘受すべき不利益の程度を著しく超えるとき
業務上の必要性については、判例は労働力の適正配置や業務の能率増進、労働者の能力開発など広範に認めています。余人をもって代えがたいというほど高度の必要性は要求していません。
不当な動機や目的とは、配置転換の本来の目的とは異なる目的のことをいいます。社長に批判的なグループの中心人物を地方に転勤させようとしたケース、セクハラについて労働局に相談したことへの処分として転勤させようとしたケース、退職勧奨に応じなかった労働者への嫌がらせとして単純労働に配置転換させようとしたケースなどが、権利の濫用として認められています。
「通常甘受すべき不利益」は狭く解されており、母親、妻、1人の子との別居を余儀なくされたケース、共働きの妻と3人の子女との別居を余儀なくされたケース、子の保育園への送迎に支障を生じさせたケースなどが、いずれも「通常甘受すべき不利益の範囲」に含まれると判断されています。
「著しく超える」と判断されたのは、従業員の家族に病人がいて、従業員自らが看病しているケースや、従業員自らが病気に罹患しているケースなどです。
オリンパスマーケティングのA氏は年齢50代で、未経験である力仕事の運搬業務に配属されました。これを上記の基準に照らすと、配置転換権濫用と判断される確率は低いと言わざるを得ません。希望退職に応じなかったことが理由で配置転換されたという情報はありません。
賃金減額に合理性がない場合、降格も配置転換も無効になる
ただ、A氏は降格と配置転換、賃金減額が同時に行われています。この場合、他の2つと同時に配置転換も無効になる可能性があります。
降格配置転換に伴う賃金減額の効力を巡って争われた裁判に「日本ガイダント事件」があります。原告は賃金が高い等級である営業職から、賃金が低い等級である営業事務職に配置転換されて、賃金が61万円から31万円に減額されました。
この裁判では、30万円という賃金ダウンに相当する客観的合理性がないため降格は無効であり、同時に配置転換も無効となると判断されました。
A氏は4割の賃金が減額されています。4割に相当する客観的合理性が認められなければ、G9からG11への降格も、データベース作りから製品運搬係への配転も無効になる余地があります。
大量降格はむしろ温情的措置?
あえて、同社の経営陣に対して極めて好意的な見方をしてみると、大量降格はむしろ温情的な措置として実行している可能性が浮かんできます。
一度決めた賃金を下げることは法的に困難ですが、経済的にも非効率です。賃金をカットされた人は屈辱を感じ、会社への忠誠心を失い、労働意欲を低下させます。優秀で、賃金をカットされなかった人は、会社に幻滅して真っ先に去って行きます。残った人は会社への不満を抱きながら働きます。
人間には、思いやりには思いやりで返そうとする「互酬性」という性質があります。これは冷たさには冷たさで返そうとする性質と表裏一体です。だとすれば降格への報復が必ずあるはずです。
また人間には「損失回避」といって、得をしたことより損をしたことにこだわる性質もあります。平均して2倍こだわるという研究結果があります。オリンパスマーケティングの社員は4割、賃金をカットされました。損失回避説によれば、労働意欲は8割下がることになります。これでは到底、採算が合いません。
要するに、社員の賃金を下げて会社が得をすることは一つもありません。例えば米国は解雇規制が非常に低い社会であり、差別的な理由によるものでない限り、ほとんどの解雇は認められます。解雇が容易であれば、賃金カットはそれ以上に容易なはずです。
解雇が良いか賃金カットが良いかと働く人に迫ったら、誰もが賃金カットを選ぶに決まっています。しかし経営者は絶対に賃金カットを選ばず、人員削減を選ぶと言われています。賃金カットの非効率さを知っているからです。
オリンパスマーケティングは、大量降格に先んじて希望退職を募集しています。希望退職は「整理解雇の4要件」の1つである「解雇回避措置」に相当します。
これをやっていれば、整理解雇(余剰人員を削減するための解雇)のハードルが低くなります。それでも整理解雇をせず、経済的に非効率であるうえに法的リスクもある賃金カットを選んだことは「整理解雇はしない。今のうちに次の仕事を探してくれ」というメッセージなのかもしれません。
参考文献
- 井上幸夫『労働法実務解説4 人事』(2016年、旬報社)
- 大内伸哉『労働の正義を考えようー労働法判例からみえるもの』(2012年、有斐閣)
- 濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機』(2021年、岩波新書)
- 『「ジョブ型人事を口実にした人事権の濫用」 降格処分や配置転換は不当として、オリンパスと子会社を社員が提訴』(2025年3月3日付『弁護士JPニュース』)
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