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ミスしたのに「定時で帰る」部下 しわ寄せに苦しむ中年に、会社がすべき対応は?

昨今、ワークライフバランスの重視や残業代などの人件費削減の影響で、多くの企業が若年層を中心とした一般社員の残業を抑制する働き方を推進しています。しかしその裏では、しわ寄せに苦しむ中年が……。

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 昨今、ワークライフバランスの重視や残業代などの人件費削減の影響で、多くの企業が若年層を中心とした一般社員の残業を抑制する働き方を推進しています。しかし、その一方で、管理職者である40〜50代のビジネスパーソンに業務負担が集中し、不公平感を抱くケースが増えています。本記事では、こうした世代間の働き方の違いが生む課題を整理し、企業がどのように対応すべきかを考察します。

ミスをしたのに「定時で帰る」部下 残業させてはだめなのか

 Aさん(45歳)は、大学卒業後甲社(精密機器の製造・販売会社)の営業課に所属、3年前営業課長に昇進しました。A課長の1日は、日中は取引先の新規開拓や部下の同行で外回り、夕方から社内で業務指導や会議に出席するなど、多忙なスケジュールです。

 一般社員だったときは、自分の担当顧客だけに集中すればよかったので、週の残業時間は5時間程度でしたが、課長になってからは残業時間が増加。本来なら休みのはずの土曜日も出勤せざるを得なくなりました。

 その理由は、会社が働き方改革を進めるために一般社員の残業を禁止したからです。それまで部下がこなしていた備品の発注、会議資料の作成、簡単なデータ入力などの業務は全部A課長の仕事になりました。

 ある日の夕方。A課長は新規取引先である乙社との契約書の最終確認をしていたところ、重大なミスが見つかったのですぐ担当者であるBさん(30歳)を呼びました。

A課長: 契約書の内容だけど、契約金額に間違いがあるし、先方に渡す商品の説明資料がついてないよ。

Bさん: すみません。

A課長: 今すぐ契約書面の訂正と添付資料を追加してくれないか。

Bさん: 今すぐって……。あと20分で仕事が終わる時間ですよ。

A課長: 先方との約束は明日の9時だ。今から急ぎ取り掛かってくれ。残業になるけど仕方がない。

Bさん: えーっ! 今日は用事があるので残業できません。

 乙社との契約にこぎつけるまで、契約金額や納品物の内容が二転三転し、そのたびに契約書などの書類を作り直していました。最終的に決定したのが今日の午後2時。Bさんは急いで書類を整えたものの、ミスが発生していたのです。

A課長: 今日中に仕上げないと間に合わない。終わったら中身をチェックするから私に持ってきて。本部長にも決済をもらわないといけないし。

Bさん: でも、全体朝礼で再三、本部長が「残業はしないように」と話しているので帰ります。あとは課長の方でよろしくお願いします。

A課長: はあ……。

 時計の針が午後6時を指すと、Bさんは即座に席を立ち会社を後にしました。

A課長: また仕事が増えてしまった……。若手だけじゃなく、管理職の働き方改革もしてほしいよ。

 企業は働き方改革の推進と人件費の抑制を目的に、残業の制限を進めています。しかし、業務の効率化が伴わない場合、積み残した業務を誰が担うのでしょうか。現状は本来一般社員が担うべき業務を管理職が行うケースが多く、その理由は管理職の場合、いくら働いても原則残業代の別途支給がないことと関係があります。年代で見ると管理職の割合が高い中高年社員にしわ寄せが来ていると言えますが、この状況が企業に次のデメリットをもたらします。

(1)管理職の本来の役割が果たせない:雑務に追われ、部下の指導や育成に十分な時間を割くことが難しくなる

(2)健康への悪影響:過度な業務負担がストレスとなり、心身の健康を損ねる可能性がある

(3)若手社員の成長を阻害:本来の業務経験を積む機会が減り、スキル習得やキャリア形成に悪影響を及ぼす

(4)業務過多の上司や先輩の様子を見た若手社員のモチベーションが下がる。離職した場合、人材流出のリスクを負う

 企業がこの問題に適切に対応しなければ、組織全体の生産性や職場環境の悪化につながります。また、会社内の管理職が労働基準法の管理監督者に該当しない場合、残業代を支払う必要が出てくるため、注意が必要です。


写真はイメージ、ゲッティイメージズより

 甲社の場合、本部長の指示で残業が禁止されているとのことですが、実務上はどんな場合でも禁止しているわけではないはずです。業務上必要な理由があれば上司の命令もしくは許可を受けることにより残業が可能で、就業規則にその旨の明記があることがほとんどです。ただし会社が従業員に残業を指示するには、以下の条件を満たすことが必要です。

(1)36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)を締結していること

 企業は、労働組合や従業員代表と「36協定」を締結し、労働基準監督署に届け出ることで、法定労働時間を超え36協定の範囲内での時間外労働を指示できます。

(2)労働契約の内容

 労働契約に「残業の可能性がある」と明記されている場合、会社は業務の必要性に応じて残業を指示できます。契約に「残業なし」と記載されている場合は、強制できません。

(3)パワハラにならないよう配慮する

 残業を指示する際に、過度な圧力をかけたりすることはパワハラに該当する場合があります。特に、個人の事情(健康的な問題・育児・介護など)を考慮せずに残業を強制するのは問題視されやすいので注意しましょう。

 会社が上記を踏まえ適切な手続きを踏んだ上で残業を指示し、社員がそれに応じなかった場合は、就業規則上の業務命令違反として注意や処分の対象になり得ます。

 甲社の場合、本部長は無駄な残業を防止するために定時退社を奨励しているのであって、全面的な残業禁止はしていないでしょう。誤解をされないよう社員への周知を徹底することです。

“おいしい”若手、苦しい中年 不公平感をなくすために会社にできること

 企業が働き方のバランスを見直し、世代を超えた公平な業務分担を実現するために必要なことは「業務改善としての効率化を進める」「若年社員の成長を促す」ことです。

(1)無駄な残業を防止するために業務の効率化を進める

  • 業務の棚卸しを行い、適切な業務内容や範囲などを明確化する。
  • 業務プロセスを見直し、効率化を進めることで負担を軽減する。
  • 一部の業務を外部に委託し、社員の負担を減らす。
  • 職場全体もしくは一部に過度な業務負担が発生していないかを定期的にチェックし、必要があればその都度改善策を講じる。
  • 管理職の業務をサポートするスタッフを配置する(代理・補佐など)。

(2)若手社員の成長を促す

  • 業務を適正に分担できるような研修制度を充実させる。
  • プロジェクトリーダー制度などを導入し、責任感を持って業務に取り組む環境を整える。

まとめ

 若年社員はワークライフバランスを重視する傾向はあるものの、業務改善やキャリアアップの支援を行った上で必要な残業を求める場合、理解を得られる可能性は高いでしょう。過度な残業を避けることは重要ですが、適切な業務経験を積む機会を確保することも、長期的な成長には欠かせません。

 管理職は、業務の適正な割り振りを行い、残業の必要性を明確に説明することで、公平な労働環境を実現できます。また、上席管理職が現場管理職のサポートをすることで、世代間の協力を促し、組織全体の生産性を向上させることが可能です。企業は柔軟な働き方を推進しながら、社員のキャリア形成と業務効率のバランスを取る施策を検討し、より持続可能な職場環境を構築していくことが求められます。

木村政美

1963年生まれ。旅行会社、話し方セミナー運営会社、大手生命保険会社の営業職を経て2004年社会保険労務士・行政書士・FP事務所を開業。労務管理に関する企業相談、セミナー講師、執筆を多数行う。2011年より千葉産業保健総合支援センターメンタルヘルス対策促進員、2020年より厚生労働省働き方改革推進支援センター派遣専門家受嘱。

現代ビジネスダイヤモンド・オンラインオトナンサーなどで執筆中。


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