生成AI「翻訳」が引き起こす「コンテンツ大航海時代」 日本の漫画が世界で戦う際の“勝ち筋”は?:グロービス経営大学院 TechMaRI 解説(1/2 ページ)
生成AIの登場は、漫画業界の常識を大きく変えるかもしれない──。日本の漫画を世界に輸出するには「翻訳」が欠かせない。
中村香央里
グロービス経営大学院 テクノベート経営研究所(TechMaRI) 副主任研究員
東京大学経済学部卒。三井住友銀行投資銀行部門、SMBC日興証券、経済メディアNewsPicksの編集部で記者・編集者を経て現職。
前回の記事では、漫画アシスタントが不足する制作現場で支援ツールとして活躍する生成AIや、人間にしか果たせない役割について概説した。漫画のデジタル化が始まった約10年前と比較して、漫画家の発信の機会は確実に増えている。便利なAIツールの導入で、今後さらに漫画の供給は増加していくだろう。
では、増えてゆく漫画を国内の読者だけでなく、海外にも届けられないだろうか。
実は日本のコンテンツ産業は有望な成長産業だ。コンテンツ産業(ゲーム、アニメ、映像、出版、音楽、計)の輸出額は半導体を抜いて5.8兆円(経済産業省)。今や自動車に次ぐ日本2位の産業にまで成長している。
コンテンツ産業、とまとめてしまうと、売り上げが大きいのはゲームやアニメなのだが、特にアニメでは原作に漫画が採用されていることが多い。そしてアニメはJ-POPの海外進出を押し進める。YOASOBI「アイドル」、米津玄師「KICK BACK」 、キタニタツヤ「青のすみか」など、アニメ主題歌のグローバルヒットは挙げればきりがない。ひとつの原作をアニメや映画など複数のメディアに展開するメディアミックス戦略が現代のエンタメでは定石だ。IP(知的財産)として漫画の果たす役割は大きい。
日本の漫画がグローバルでも本領を発揮するために、今回は漫画のグローバル化のボトルネックだった翻訳を解決するAI活用に焦点を当てたい。
生成AIで高まる「海外輸出」の機運 翻訳は「5〜7倍」の効率化
従来、外国語に翻訳した漫画のリリースは、日本語版に比べ数カ月以上の遅れがあった。というのも、漫画を翻訳する際にはいくつものプロセスが存在し、文書の翻訳と比較すると手がかかるからだ。
例えば、漫画の原稿内には吹き出しがあり、セリフが配置されている。これらの日本語のセリフを一度削除して、翻訳言語に対応した各シーンに適切なフォントと文字の大きさを選び、翻訳したセリフを上書きする「写植」という作業が必要だ。また、効果音や擬音語などが絵と重なっていることも多いが、これも翻訳の対象だ。このため、翻訳以外にも絵を修正する作業が発生する。人手で行うには相当な手間がかかる。
しかし、AIによる翻訳が進化したことで、タイムラグは格段に短縮しつつある。例えば、オレンジ(東京都港区)はLLM(大規模言語モデル)の「Claude」を活用し、日本の漫画を英語に翻訳、写植する技術を開発した。絵の修正作業や効果音、擬音語の翻訳提案など、漫画翻訳の中でも時間がかかる作業にもAIを活用することで、既存の翻訳プロセスと比較して5〜7倍の効率向上を実現している。
「AIを使うと雑な直訳で面白くなくなるのでは?」という懸念に対しては、人間が品質を担保しながら、言葉だけでなく文化やディテールも翻訳する。
例えば、日本独自のギャグや慣用表現(社会的なニュアンス)をストーリーの中で違和感なく翻訳する。また、原作の世界観を表現するためには、舞台設定やストーリーに沿った単語や、キャラクターの性格に合わせた意訳や言い回しも重要だ。伏線は読者の想像力をかきたてながらもネタバレしないよう繊細に翻訳しなければならない。オレンジもAIで翻訳プロセスを大きく効率化しているが、原作の世界観を表現するための文化適応(ローカライズ)では人間の手を必ず入れている。
このように品質のため、人間によるポストエディット(機械翻訳の訳文を人間の翻訳者が修正する作業)は欠かせないが、技術の進化により日本の漫画が世界市場に届くスピードは劇的に向上している。ボーダーレスな漫画展開がいよいよ現実味を帯びてくる。
漫画翻訳ビジネスに対する期待は高く、大手出版社はAI翻訳を歓迎している。オレンジはグロービス・キャピタル・パートナーズをリード投資家とし、小学館や政府系ファンドから29.2億円を調達。2025年5月には、英語に翻訳した主要出版社の漫画(1万3000冊超)を配信するアプリを北米でリリースした。また、漫画・Webtoonに特化した多言語翻訳エンジンを提供するMantra(東京都文京区)も集英社や小学館などから7.8億円を調達している。
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