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生成AI「翻訳」が引き起こす「コンテンツ大航海時代」 日本の漫画が世界で戦う際の“勝ち筋”は?グロービス経営大学院 TechMaRI 解説(2/2 ページ)

生成AIの登場は、漫画業界の常識を大きく変えるかもしれない──。日本の漫画を世界に輸出するには「翻訳」が欠かせない。

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「ただ言語を変えればいい」というわけではない 海外輸出の障壁

 一方で、単に言語を翻訳するだけでは、海外市場での成功は保証されない。グローバル展開では読みやすさを意識したフォーマット(形式や媒体)も戦略の一つだ。韓国発のWebtoonは「Web」と「Cartoon」(漫画)に由来する新しい漫画だ。海外でも読まれる新しいフォーマットを発明し成功した点で、Webtoonに学ぶべきことは多い。

 日本の漫画は右から左に読み進める横読みだが、Webtoonはスマートフォンやタブレットに最適化した縦スクロール、フルカラーの新しいフォーマットのデジタル漫画だ。「女神降臨」や「梨泰院クラス」などヒット作がドラマ化されグローバルでの認知を得るなど、海外展開に成功し、特に日本でウケた。

 韓国Webtoonの最大市場は日本(2022年の輸出額の45.6%)である。このため、日本が海外に進出するために、縦読みをまねすればいいというほど単純ではないが、Webtoonのように全く新しいフォーマットの発明も一つの方法だ。

 もう一つ、紙か電子かの選択もある。前回の記事の通り、日本では漫画はデジタル市場が圧倒的に大きいが、実は米国では紙の売り上げが7割強と紙が主流だ。

 欧州の二大出版市場はドイツと英国だが、ドイツでは紙の売り上げが9割超、英国では8割超を占める。地域ごとの読書習慣に合わせるならば、欧米進出では、配信アプリよりも紙の方が受け入れられやすいだろう。

 一方で、ネット小説ユーザーが5億人を超える中国では紙と電子の併用が多く、紙の割合は6割弱と紙と電子が拮抗している。なお、中国ではWeb小説(網絡文学)の人気が高い。中国進出では、むしろ漫画を中国語で小説化してネット配信した方が、ユーザーには受け入れやすいフォーマットの可能性すらある。このように、翻訳後にどう海外のユーザーに届けていくかにも、たくさんの選択肢が存在する。

「量」が強み 日本の勝ち筋は?

 これまで、漫画の翻訳にはコストがかかるため、超人気作品でしか実現してこなかった。しかし、AI翻訳の進化によって、多様な作品へと広がっていくだろう。もちろん海外でもYouTube(動画)やゲームなど他のコンテンツやSNSと、読者の時間を奪い合うことになる。日本の漫画の勝ち筋を考えた時、「量」の強さに注目したい。

 日本は数十年にわたり膨大な漫画のタイトルを生み出してきた。いまだ国外では知られていない良質な作品も多い。他国にはまねできない圧倒的なコンテンツ蓄積そのものが最大の武器である。ジャンルも幅が広く、スポーツ、バトル、SF、恋愛、ホラー、ファンタジー、ギャグ、アングラと多様性に富む。AI翻訳によって、超人気作品だけでなくニッチ作品も幅広く「面」をそろえた状態を海外で再現することが勝ち筋だと考える。

 NetflixやAmazon Prime、Audible(オーディオブック)、Spotifyなど大量のコンテンツを抱えるサービスは、量だけでなくジャンル(多様性)も幅広くそろえることで、世界中の多様な視聴者層に魅力的な体験を提供できている。ニッチ商品の売り上げ合計が人気商品の売り上げ合計を超える現象をロングテール現象という。量とジャンルを兼ね備えた「面」を提供するロングテール戦略は、グローバルのコンテンツ産業では王道であり、日本の漫画にもそのポテンシャルは十分にあると考える。AIと日本の漫画編集者がタッグを組んだレコメンドも力を発揮するだろう。

 言うまでもなく、漫画の海外進出にはいくつものハードルがある。前述した各国の読書習慣だけではない。すでに表面化している課題でもある海賊版も、個社対応は現実的ではない。経済産業省と文化庁によって設立されたCODA(一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構)は海外政府機関・団体との連携や啓発活動を行うほか、出版社連合との取り組みで海賊版サイトの摘発を行うなどさまざまなハードルの中で奮闘している。

 このように、日本の漫画の魅力を海外へと届ける取り組みが各所で動き出している。個人的には漫画ファンの一人として、日本の漫画の魅力が世界中の読者に届き、ハマってしまう未来に期待している。

中村香央里 グロービス経営大学院 テクノベート経営研究所 副主任研究員

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グロービス経営大学院の産業創生・人材育成を研究する機関であるテクノベート経営研究所副主任研究員。

三井住友銀行投資銀行部門を経て、SMBC日興証券で日本経済エコノミストとして国内外の機関投資家(債券市場・株式市場)向けにレポート執筆。ユーザベースに入社後は、SPEEDAアナリストとして調査・分析・執筆、新規コンテンツ開発の立ち上げに従事。

また、経済メディアNewsPicksの編集部で記者・編集者として情報発信。2023年より現職。東京大学経済学部卒。


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