データ分析から見えてきた 音楽業界が「日本人アーティストを海外で活躍させる」道筋
音楽業界が「日本人アーティストを海外で活躍させる」にはどんな要素やアプローチが必要なのだろうか? 音楽データ分析プラットフォーム「CONNCT」を運営する米Luminate Dataスコット・ライアンExecutive Vice President(EVP)に、音楽データビジネスについて聞いた。
その昔、楽曲が売れているかどうかの判断材料は、レコード・CDの販売数、『ザ・ベストテン』などのテレビ・ラジオの音楽番組だった。インターネット時代が到来した後は、YouTubeやSpotifyを通じた再生回数も加わることになる。それによりアーティストやその所属事務所、音楽レーベルらは、個人の音楽データを取得できるようになり、緻密な販売戦略やマーケティング戦略が可能となった。
音楽データ分析プラットフォーム「CONNCT」を運営しているのが、米Luminate Dataだ。同社は音楽に関わる多様なデータを保持しており、アーティストが海外に進出する際のコンサルティングなども手掛けている。
音楽業界が「日本人アーティストを海外で活躍させる」には今後、どんな要素やアプローチが必要なのだろうか? 同社のスコット・ライアンExecutive Vice President(EVP)に、音楽データビジネスの要点を聞いた。
日本人アーティストを“海外で活躍”させる方法とは? データ活用が肝
Luminate(ルミネイト)は1991年に創業した。その後、紆余曲折を得て、米Penske Media Corporation(ペンスキー・メディア・コーポレーション)とEldridge Industries(エルドリッヂ)の合弁会社であるPME Topの子会社となる。日本では関西私鉄大手・阪神電鉄のグループ企業、阪神コンテンツリンクが2024年5月、日本国内におけるLuminateのツールの独占販売権を取得した。
Luminateは、Spotify、Amazon Music、Apple MusicといったDSP(デジタル音楽配信事業者)、インディー系を含むレコード会社、CDなどの小売店、国にもよるもののラジオ局など500以上のデータプロバイダーと直接契約している。それによりリアルなデータを受領しているのだ。データを加工・分析し、48時間後にはCONNECTに反映させているという。このデータをアーティストや音楽レーベルに販売することによって、収益を上げるビジネスモデルだ。
データは、200以上の国・地域を網羅するほか、Luminateのグループ企業であるビルボードにも音楽データを提供している。さまざまなデータを得ることにより、アーティストらは、自らの音楽についてデータ分析ができるようになった。Luminateはデータを提供するだけでなく、大量のデータを生かしてコンサルティングビジネスも手掛ける。
「集めたデータを、アーティスト、音楽レーベル、制作会社らに分かりやすく知らせるのもビジネスの一つです。例えば、コンサートツアーを開催することによって、どのくらいストリーミングが具体的に伸びたのか、というデータを伝えています」
AIを積極的に活用 「データの湖」で日本市場を豊かに
日本市場は、「失われた30年」と呼ばれる経済の停滞を経た後でも、世界第2位の音楽市場を持つ(Global Music Report 2022の国別音楽市場ランキング)。
Luminateにとっての日本市場の位置付けを聞くと「日本とは過去20年間にわたりビジネスをしていますが、国内のアーティストの力が非常に強く、CDなどのフィジカルもまだ売れ続けています」といい、日本は海外と比べて独特な市場だと指摘する。一方で、変化も感じていて、有望市場として評価しているという。
「最近は、ストリーミングが浸透し始めたことで、より多彩な音楽を聞き、新しい音楽を発見できるようになりました。つまり、日本市場はまだ成長していくということです。Luminateは『データの湖』というぐらい大量のデータを保有しています。特に米国という成熟した市場でのデータ活用法のノウハウを持っています。これをビルボード・ジャパンなどのパートナーに伝えていきたいです」
そこには、WebのUI設計、AIを使ったデータの分析なども含まれており「日本のマーケットをどうやって成長させていくのかを手助けをしたいですね」と胸を張る。
データビジネスにおけるAIの活用法を問うと、データ内容をより理解する際の手助けになるとした。
「例えば、データを収集する際、何らかの不正が実行されているかどうかをチェックします。ストリーミングが増えるにつれ、人力では対応できなくなってきたので、AIを使います。また、データ量が莫大(ばくだい)になってきているので、カギとなるデータは何かを把握するときにも役立ちます」
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界デジタル競争力ランキング2022」によると日本は過去最低の29位だった。コロナ禍では、DXやデータ活用をはじめとしたデジタルの競争力が高くないことが露呈した形だ。
「これは日本に限りませんが、アーティスト、音楽レーベル、ディストリビューターなどの関係者は、最終的にデータを使って決断することが重要です。データの内容をよく理解していないのに、とりあえずやってみようという姿勢が見受けられる場合があります」
データを見つつ、似たタイプのアーティストをよく研究したり、成功したアーティストの事例を参考にしたりしながらセールスに取り組む必要があるそうだ。
日本の楽曲にウィークポイントはない 海外進出は粘り強さが大事
K-POPはグローバルの市場で成功した。日本でも海外進出をするアーティストが増え始めている。YOASOBIがその代表例だ。2023年に配信リリースした「アイドル」は、Billboard Global Excl. USという米国を除くグローバルチャートで、日本語曲初の1位を獲得した。アニメの主題歌を歌ったことで、海外で人気を博したのだ。
とはいえ、アニメというソフトパワーにいつまでも頼るわけにもいかない。スコットEVPは「オーセンティック、本物であることが第一に重要です」と話す。そして、K-POPとの違いを次のように語った。
「個人的な見解ですが、K-POPのアーティストは、ショート動画で何かを発信したり、SNSで自分のメークアップ方法を公開したり、素の自分を見せます。日本人アーティストはそこまではしないのではないでしょうか」
アーティストの表の姿だけでなく、普段の姿も知りたいのがファン心理だ。K-POPのアーティストや事務所は、その心理を理解してプロモーションに取り組んでいた。今、日本人アーティストに求められているのは、そのようにファンの心をつかむ仕掛けのようだ。
では、Luminateが大量に保有するデータ上から、日本の曲全般にはどのような弱点があるのかと聞くと「ウィークポイントはあまりない」と答える。ただし、売れるには「粘り強さ」が必要だとも説く。
「グローバルで人気が出る条件の一つとして、継続してコンテンツを出すことがあります。そしてプロモーションをし、コンサートツアーを開催し、ファンとエンゲージメントを高めることが必要です。それを続けていくことなのです」
過去に海外進出をした日本のアーティストは、結果が出ないとすぐに帰国していたケースが多いという。「日本の関係者も、継続する重要性を理解し始めています」と話す。
海外進出をして人気が出たとしても、その後の人気の維持も大変だ。ポイントの1つとして「トランス・メディア・カルチャー」が重要だそうだ。スコットEVPによれば「楽曲に対してアニメ、映画、ゲーム、バーチャルのコンサート、音楽ドキュメンタリーなど、さまざまなメディアを連携させることで、楽曲の世界観を知ってもらう試み」だという。そして、トランス・メディア・カルチャーにデータを絡ませる重要性を説く。
一例としては、昔はある消費者ブランドがキャンペーンを展開しようとするとき、担当者は、「この商品には、このアーティストの楽曲をイメージソングに使おう」という、これまでの経験と勘を駆使して、起用していた。だがデータ的な根拠はなかったのだ。現在は、人気を集めつつある楽曲、ある音楽を聴いている人が何に興味を示しているのかなど、多彩なデータが得られるようになった。そこから導き出したデータを踏まえた上で「この商品にはこの楽曲がいい」と判断できるようになったそうだ。
勘ではなく「データに基づいた意思決定が重要」と強調した。商品と楽曲を人の頭の中でリンクさせることができれば、双方の売り上げを向上させる可能性が上がるからだ。
言葉の壁はほぼなくなった
Luminateが2025年7月に発表した「2025 Midyear Music Report」によると、2025年1〜6月の世界のオンデマンド・オーディオ総再生回数は、前年同期比で10.3%増の2兆5000億回だった。
「ストリーミングは成長を続けていますが、例えば、米国などストリーミングが最初に浸透した地域は、2024年までは2桁成長を続けてきました。しかし、2025年1〜6月は前年比で1桁の成長率となり、少し鈍化してきました。一方、日本や東南アジアなど、まだストリーミングが浸透しきっていないエリアは、2桁前半の増加となっています」
最近の傾向としては、英語以外の音楽が広がりを見せていて、ストリーミングの影響が大きいと話す。「サブスクに契約していれば、いつでも、あらゆる音楽が聴けるからです。YouTubeは、すぐに楽曲をシェアできますし。AIに関係するのですが、大規模言語モデルであるLLMの発達により、翻訳精度が大きく向上したからでもあります」
日本アーティストや事務所にとって、世界の市場で言葉の壁がほぼなくなり、楽曲で勝負できる時代が来たといえる。これは朗報だ。海外活動に腰を据えて取り組めれば、活躍できる可能性が高まったといえる。ポイントはスコットEVPが指摘したように「とりあえずデータを使ってみよう」ではなく、真剣にデータと向き合うことによって客観的な分析をし、その分析に基づいて戦略を実行できるかだ。
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