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ユニクロ柳井康治氏に聞く「世界でビジネスをする」真意 日本企業「飛躍のヒント」とは?

ユニクロは、単に服を提供する企業にとどまらず、社会的存在としての進化を求められている。ファーストリテイリング取締役グループ上席執行役員の柳井康治氏に、ユニクロの理念とグローバルな取り組みについて聞いた。

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 「蛇口をひねれば水が出る。スイッチを入れたら電気がつくというように、ユニクロに行けば必要な服がある」

 ファーストリテイリング取締役グループ上席執行役員の柳井康治氏がインタビューで語ったこの言葉は、誇張ではない。

 急な出張や旅行先で替えの下着が不足したとき、あるいは気候の変化で上着が欲しくなったとき、思わず近くのユニクロを探した経験があるだろう。他のブランドショップで目当ての服がなければ諦める一方、ユニクロで欠品があると「なぜないのか?」と感じてしまう──それはユニクロが目指すブランド像である「服のインフラ」という存在そのものを象徴している。「あって当たり前」という存在の裏返しだ。

 ユニクロは、難民や子ども、災害被災地などにヒートテックを寄贈する「The Heart of LifeWear」を開始2年目の2025年も全世界で展開する。同プロジェクトは、ユニクロが40周年を迎えた2024年に「What Makes Life Better?」(人々の生活をより良くするものは何か?)、「そのためにユニクロは何ができるのか?」という問いかけを繰り返し、同社が提唱するLifeWearによって社会全体をより良くするために立ち上げた活動だ。

 ユニクロは、単に服を提供する企業にとどまらず、社会的存在としての進化を求められている。ファーストリテイリング取締役グループ上席執行役員としてサステナビリティ関連のコミュニケーションを統括する柳井康治氏に、ユニクロの理念とグローバルな取り組みについて聞いた。

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柳井康治(やない・こうじ) 株式会社ファーストリテイリング 取締役 グループ上席執行役員。2001年4月、三菱商事入社。2012年9月ファーストリテイリング入社、「ユニクロ」スポーツマーケティング担当。2013年5月「ユニクロ」グローバルマーケティング部部長。2013年 9月ファーストリテイリング グループ執行役員。2018年11月ファーストリテイリング取締役(現任)。2020年6月ファーストリテイリング取締役グループ上席執行役員(現任)。以下写真はクレジットのないものはアイティメディア撮影

「LifeWear=新しい産業」 世界でビジネスをする真意とは?

 ファーストリテイリングが目指すビジネスモデルの象徴ともいえる図がある。その形状から、社内では「バタフライ図」と呼ばれているという。

 中央に顧客を置き、左の翼には「企画・製造・物流・販売」など「LifeWear」を生み出すサプライチェーン。右の翼には「LifeWearを生かし続ける」ための「着用後の回収・リユース・リサイクル・社会還元」が描かれている。この左右がつながることによって、蝶のように循環する仕組みが完成するのだ。

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出典:ファーストリテイリングの資料

 「お客さまの声を聞いて、求められる商品を作り、販売し、着用していただく。そして着終えた服を店舗で回収し、再び社会に役立てる。この循環が私たちのビジネスの全体像です」

 康治氏が語るように、例えば、ダウンジャケットは中の羽毛を取り出して新たな製品に再利用する。一方で、まだ着られる服は世界各地で難民支援や被災地支援として再活用し、インナーやソックスなど衛生面から再利用が難しい製品は、断熱材や防音材などにリサイクルするのだ。

 ユニクロは、関わる全てのステークホルダーの多様性を尊重し、コミュニティを支え、地球規模で社会に貢献することを目指している。

 今回、ユニクロはグローバルパートナーシップを結ぶ国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの要請を受け、シリア国内の帰還民に50万点のヒートテックを寄贈する。UNHCRの発表では、2024年12月のアサド政権崩壊後、110万人のシリア難民がシリアに帰還した。だが人々の生活は不安定であり、越冬のための衣料支援が急務だという。

 加えて50万点以上を、全世界のユニクロ事業が、災害被災者、ホームレス、貧困層、社会的に困難な状況にある子どもたちなどに届ける。

 国内では、児童養護施設や能登半島地震の被災地への支援も続けていく。日本全国で合計10万点のヒートテックを寄贈。ユニクログローバルブランドアンバサダーや、ヒートテックを共同開発する戦略的パートナーの東レも、2024年に続き、この活動に賛同し、協力していくという。

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左からUNHCR駐日代表の柏富美子氏、柳井康治氏、東レの大川倫央氏

バングラデシュの難民キャンプで見た現実

 2024年4月、康治氏は100万人以上のロヒンギャ難民が生活するバングラデシュのコックスバザールにある難民キャンプを訪れた。目にした光景は「言葉を失うほど」だったという。

 「インフラは最低限。電気も水道も十分ではなく、テントは雨風をしのげるレベル。政府は定住を想定していないため、恒久的な設備は作れないんです。そんな中で、特に女性や子どもたちの生活は本当に厳しいものでした」

 難民キャンプでは、生理用品を入手できない「生理の貧困」が問題になっている。そこで、UNHCRとユニクロは、ただ提供するのではなく、現地で女性たちに縫製技術を教えるトレーニングを提供。同時に、有償ボランティアとして対価を得る仕組みを設け、将来的な社会的自立への支援をしている。

 「支援というのは、モノを渡して終わりではありません。スキルを渡すことで、未来に生かせる力を届ける。それこそがサステナビリティの本質だと思います」

 支援に対しても、ファーストリテイリングのビジネスモデルで示した図のような循環機能が根底にあるのだ。

映画『PERFECT DAYS』がつないだ共感の輪

 康治氏は、第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されたヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』のプロデューサーを務めたことでも知られる。清掃作業員を演じた役所広司氏は、日本人俳優として『誰も知らない』の柳楽優弥氏以来19年ぶり2人目となる男優賞を受賞した。2025年1月に発表した「難民映画基金」の立ち上げメンバーとなるなど、映画との関わりも深い。

 ユニクロの支援活動は、物資の提供だけでなく、「気持ちの伝播」にも重点を置いている。映画という文化的アプローチが、社会課題に対する意識を静かに広げていく。

 「モノを届ける支援も大切ですが、映画やアートが持つ感情の伝達力も想像以上に強いものがあります。支援の方法も時代に合わせて多様化しても良いと思います」

「存在」そのもので信頼を築くブランドへ

 康治氏は「企業が、国際社会の中で事業を手掛ける以上、地域や社会への貢献は必須の条件」と語る。「世界でビジネスをする」とは、単に海外で売り上げを伸ばすことではない。それは「どの国の人々にも必要とされる存在」であり続けることを意味する。ユニクロは、難民支援や被災地支援などを通じて「社会の中でのブランドの役割」を確立してきた。

 一方で、今回50万点ものヒートテックを寄贈するシリアには、ユニクロの店舗はない。単なるCSRに終わってしまうのではないかと問うと「アフガニスタンやシリアに店舗がなくても、ユニクロは良いことをしていると実感してもらえる。それが私たちの存在意義です」と康治氏は答えた。

 例えばポーランドでは、ユニクロのウクライナ難民支援が現地で高く評価され、ドイツやスウェーデンでも同様に、ユニクロのサステナビリティ活動が共感を集めているという。

 康治氏は「ブランドの価値は店舗数や売り上げではなく、世界の人々にどう受け止められるかで決まる」と強調した。ユニクロが目指すのは、服のインフラとして世界中の暮らしに根付くブランドなのだ。「ユニクロがなくなったら困る」と思ってもらえる存在。それは製品を超えて、人々の生活に寄り添う信頼の象徴である。

 康治氏の語る「世界でビジネスをする」とは、市場拡大ではなく、存在そのものが信頼を生む経営なのだ。

サステナビリティは「義務」ではなく「期待への応答」

 ファーストリテイリングは、地球環境負荷の低減に貢献すると同時に、革新的な技術を積極的に活用して、持続可能なビジネスを構築することを「環境方針」とし、「サステナビリティ主要領域2030年度目標とアクションプラン」として主要な取り組みを掲げている。

 日本でも東京証券取引所のプライム市場に上場している時価総額3兆円以上の約70社は、2026年度から有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の記載が義務化される。そんな中でも、「やるべきだからやる」のではなく、「求められるからやる」と康治氏の顧客第一の姿勢は一貫している。

 「私たちが活動を開示するのは、義務でもありますが、お客さまからの期待に応えるためです。知りたいという声がある限り、開示し、改善を続ける必要があります」

 ユニクロはサプライチェーン全体で温室効果ガス(GHG)の排出を継続的に測定し、毎年報告会で進捗を発表している。アパレル業界は環境負荷の大きい産業の一つとされていて、ユニクロはその責任を正面から受け止めているのだ。

 「完璧な状態は存在しません。だからこそ終わりのない活動として続けることが大事です。お客さまが存在する限り、私たちの改善も続いていく。それがユニクロのサステナビリティです」

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イベント「The Heart of LifeWear “あったかい“を届けよう!」には、ユニクロ グローバルブランドアンバサダーの国枝慎吾氏が登場。子どもたちとともに、支援地に届けられるハートのモチーフの制作などを通じ、難民や被災地の現状についての理解を深めた(提供写真)

「社会の公器」としての使命

 ユニクロの創業者であり会長でもある柳井正氏は、企業が社会の公器であることの大切さを常に話しているという。この理念は、実子である康治氏にも深く根付いている。

 康治氏は「僕たちが考える事業とサステナビリティの関係は、どちらかを犠牲にするトレードオフの関係ではなく、両方とも、とても大切なものだと考えているということです」と話す。

 ビジネスを通じて利益を生み出すことも、社会の一部として人々を支えることも、同じ線上にあり、それが結果として「どの国の人々にも必要とされる存在」に近づくと信じている。「企業が社会の一員としてどう存在するか」という問いに、ユニクロは実践によって答え続けているのだ。

 利益追求と社会価値創出を対立させず、むしろ融合させる発想こそが、持続的成長を実現する新しい経営の在り方だ。さまざまな視点から企業の存在意義が問われる今、ユニクロの実践は、日本企業が再び世界で飛躍するためのヒントを示している。

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