公務員志望が減り続ける──「変革が進まない自治体」に共通する課題は?:人材流出が招く「行政の危機」
近年、公務員の人材不足が深刻化している。公務員志望者は減少しており、特に技術系の国家公務員一般職(大卒程度)では、2年連続で定員割れが生じている状況だ。「変革が進まない自治体」に共通する課題とは?
近年、公務員の人材不足が深刻化している。公務員志望者は減少しており、特に技術系の国家公務員一般職(大卒程度)では、2年連続で定員割れが生じている状況だ。
地方自治体や事務系区分でも受験者数の減少が顕著であり、このまま採用競争力の低下が進むと、3年以内には技術系以外の職種でも同様の定員割れが広がる可能性が高い。若手職員の離職や民間企業への人材流出が進む中、限られた人員・財源で質の高い行政サービスを維持・向上させるためには、デジタル技術やAIを活用した業務プロセスの変革が急務となっている。
自治体DXの現在地 システムを入れても現場の人が動かない
実際に、国や民間企業も自治体のDX推進を後押ししている。デジタル庁は政府共通のクラウドサービス基盤である「ガバメントクラウド」の整備を進めるほか、オンライン申請、書かないワンストップ窓口、チャットボット「Govbot」など、行政手続きの効率化を支援する仕組み・ツールを次々と提供している。民間企業においても、自治体特有のセキュリティ要件や業務特性に対応したSaaSプロダクトの開発・提供が進んでいる。
自治体側もDXの戦略・方針の策定を進めており、都道府県・市区町村の首長を対象にした調査では、「DX推進に関する全体方針を策定済み」と回答した自治体が約7割に達している。
一方で、現場の職員からは「DXの方針が掲げられたが、進んでいる実感がない」「DXのせいで、かえってやることが増えた」といった声も聞かれる。例えば、ある自治体では住民の利便性向上と職員の負担軽減を目的にオンライン申請システムを導入したものの、窓口に訪れる住民の数は減らず、むしろ職員の業務負担は大きくなったという。新システムの整備や理解に加え、オンラインで受け付けた申請内容を職員が目視で確認する手間が生じるなど、結果として従来よりも業務工程が増えてしまったのだ。
ただでさえ人手不足で多忙を極める自治体において、現場の職員が新たな施策や改革に慎重な姿勢を示すのは当然のことだ。「現場の状況も考えず、勝手に進められても困る」といった声が上がるのも、不思議ではない。
限られた人員で日々の業務をこなす中で、新たな取り組みが「大きな負担」となってしまえば、変革は進まない。
エンゲージメントなくして真の変革は成し得ない
DX推進のように、従来の枠組みを大きく変えるプロジェクトでは、全体方針と現場の実態が一致せず、進捗が滞るケースが多く見られる。こうした問題は自治体に限らず、民間企業にも共通している。一体、取り組みが進まない要因はどこにあるのだろうか。
当社は、創業から20年以上、民間企業や自治体に対して組織変革コンサルティングサービスを提供している。一貫して伝えているのは「どんなに優れた戦略やITシステムを導入しても、エンゲージメントが低ければ成果にはつながらない」ということだ。
エンゲージメントとは、組織と従業員・職員の間にある相互理解や共感の度合いを示す指標である。エンゲージメントが低い状態、つまり組織への共感度合いが低い状態では、精緻な戦略を描いたり、最新のツールを導入したりといった「投資」をしても現場が動いてくれず、なかなか変革が進まない。どれだけ採用や人材育成に投資をしていても、エンゲージメントが低ければ、従業員は前向きに業務に取り組めない。結果として、投資に見合った「リターン」は期待できなくなる。
当社の調査では、自治体のエンゲージメントは民間企業より低い傾向にあることが明らかになっている。自治体がDX推進を実効性のあるものにするためには、まずはそれを支える土台づくり、つまり、エンゲージメントの向上から始めなければいけない。
エンゲージメントが低い状態では、職員の退職リスクが高まり、方針に沿った行動も生まれにくい。こうした認識は海外ではすでに一般的であり、公務員のエンゲージメントについても、英国では10年以上前から議論が進んでいる。一方、日本ではその重要性が十分に浸透しておらず、いまだ意識づけの段階にとどまっているのが現状だ。
エンゲージメントの高低が生む「決定的な違い」とは?
総務省が2023年に公表した「地方公共団体における人材マネジメント推進のためのガイドブック」でも、職員の組織や仕事への貢献意欲(エンゲージメント)の向上が、人材マネジメントにおける重要な柱の一つとして位置付けられている。
では、実際にエンゲージメントの高低によって、どのような差が生まれるのだろうか。 当社が提供するエンゲージメントサーベイの累計データを分析した結果、エンゲージメントが高い組織と低い組織では、個人の「当事者意識」と組織の「実行力」に決定的な違いがあることが明らかとなった。
エンゲージメントが低い組織=「笛吹けど踊らぬ組織」
トップや上司に不満を抱く従業員が多く、指示を出してもなかなか行動しない。日常会話などで愚痴や批判が横行していることもある。
エンゲージメントが中程度の組織=「打てば響く組織」
従業員の主体的な行動は少ないが、トップや上司からの指示があればきちんと遂行しようと努力する。
エンゲージメントが高い組織=「ささやけば伝わる組織」
トップや上司の指示を待つのではなく、従業員が自ら考え、目標達成や課題解決に向けて主体的に行動する。
自分の所属する組織がどこに当てはまるのかを考えてみてほしい。
エンゲージメントが低い自治体では、例えば住民サービスの向上を目的とした新たな企画案や戦略が打ち出されても、「また仕事が増えるのか」「他の部署でやればいいのに」といった慎重な声が上がりやすい。
この組織状態では、どれだけ戦略が優れていたとしても、実行に移されず、人事異動によってプロジェクト自体が自然消滅するといったケースが起きてしまう。
一方、エンゲージメントが高い自治体では、「これは自分にとって良い挑戦機会になるだろう」「住民の満足度向上につながりそうだから頑張ってみよう」といったように、取り組みに対して肯定的な反応が生まれやすい。職員の当事者意識が高く、自分事として前向きに受け止めるため、高い実行力を発揮する。
自治体運営を左右するポイント
人口減少と人材流出が進行する中で、質の高い行政サービスを維持・向上させるには、業務効率化のためのツールやシステムを導入するだけでは不十分だ。どれほど優れた仕組みを整えても、それを実際に活用し、成果につなげるのは最終的に「人」と「組織」の力である。
職員一人一人が変化の意義を理解し、組織の方向性に共感した上で主体的に行動できるようなエンゲージメントの高い組織をいかに構築するかが、今後の自治体運営を左右する重要なポイントとなる。
次回は、自治体におけるDX推進において直面しがちな2つの組織課題と、DXを成功へと導くための具体的な取り組みについて解説する。
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