なぜ自治体の仕事は誤解されるのか 行政現場に潜む「情報の非対称性」の正体(2/2 ページ)
自治体の窓口をはじめ、あらゆるサービス提供の現場には、「情報の非対称性」という共通した構造が潜んでいる。今回は、この“見えない溝”が行政サービスにどのような影響を与えているのかを考えたい。
事業者のセールストークが自治体に届かないのはなぜか
さて、情報の非対称性に関して、筆者自身の体験を一つご紹介したいと思います。
以前、筆者がお手伝いしていた自治体で、情報セキュリティ対策に関する製品の提案を受けたことがありました。その時のセールストークの流れは次のようなものでした。
- 近年のサイバー攻撃の動向:サイバー攻撃はどんどん高度化し、被害額も大きくなっている。
- 被害の事例:ある企業では、このような攻撃があり被害を受けています。
- 自治体での状況:国内の自治体では、対策が不十分であり、攻撃を受けるリスクが高まっています。このままではあなたたちも危ない。
- ソリューション提案:そこで、当社の製品・サービスをご提案します。当社の製品は同様のサイバー攻撃を防御、回避できます。
- 製品品質の根拠:当社製品・サービスは米国認証規格◯◯を取得しています。フォーチュン500企業のうち◯%が当社製品を導入済みです。
この提案を聞いていて「まるで霊感商法のようだ」と感じました。提案しているのが、セキュリティ製品か、壺や水晶玉かの違いぐらいで、基本的には慌てさせ、不安をあおるという流れは同じです。
同様の提案は数多く聞いていますが、どの事業者も大きな差はありません。情報の非対称性がある中で、事業者が「どのように筆者たちにインパクトを与える提案をするのか」という点で苦心している様子は理解できました。
中には、この提案を進めるうちに語気が次第に強くなっていく事業者もいました。
「なぜ私たちの説明が理解できないのか」
「無知な顧客を啓蒙しなければならない」
「理解できないのなら、いっそ痛い目を見れば分かるだろう」
――といったニュアンスが言葉の端々から感じ取れたことを覚えています。
共感を得るには「情報の非対称性」を小さくすべき
ビジネスの世界においては、情報の非対称性はその取引を有利に進めるための条件なので、拡大させたくなる気持ちも分かります。また、最近の民間企業におけるサイバー攻撃被害を見ると、これらの事業者の思いも理解できなくはないのですが、おそらく根本の部分でボタンの掛け違いがあったのだろうと思います。
つまり、理解や共感を得るためには、むしろ情報の非対称性を小さくすることが必要だったのです。
提案を受ける自治体側には、情報セキュリティ対策の詳細な技術まで理解できるだけの知見が十分にはありません。筆者自身も、最新の技術動向には全て追いつけているわけではありませんし、セキュリティ対策で用いられる技術にはそもそも非公開のものも少なくありません。そのような状況下では、自治体としても最終的に頼りにできるのは「信頼」というラベルの貼られたカプセル化された仕組みだけです。つまり、この提案からは、その「信頼」を十分に感じ取ることができなかったのだろうと思います。
余談ですが、筆者が利用しているSNSでは、セキュリティ製品やサービスに携わる関係者の投稿をよく目にします。以前、筆者が関与した自治体の情報セキュリティ対策がテレビで報道された際には、そのニュースを受けて、セキュリティ企業の著名な経営者や業界団体の職員がSNS上で自治体の対応を揶揄(やゆ)するようなコメントをしていたことがありました。きっと自治体関係者が近くにいることなど想定していなかったのでしょうし、情報セキュリティ対策における自らの信念に基づいて、その程度のコメントは許容されるべきと考えていたのかもしれません。
しかし、もし情報の非対称性を埋める鍵が「信頼」だとすれば、自らのこうした振る舞いによって、その信頼を損ねてしまっている、ということをあらためて意識していただきたいと思います。
もちろん自治体側も、住民の皆さんに対してそのような振る舞いをすることなく、住民の方の意思決定に必要なサービスを提供し、見えない部分は自治体への信頼で補完してもらえるような関係を目指していきたいですね。
筆者もある自治体の依頼で、生成AIを使った住民からの質問に答えるチャットボットを開発する予定なのですが、「回答内容に誤りがあってはならぬ」と細かな法令や制度の説明をてんこ盛りでナレッジに登録してしまいたい欲求にかられます。
しかし、利用者の方が知るべきこと、直ちに知らなくても支障がないことが同列に扱われていると、利用者にとっては混乱を招いてしまうため、これをどのようにコントロールするのかが当面の課題となっています。
次回以降、このような仕組みを実現する方法についても考えていきたいと思います。
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