空前の人手不足なのになぜ? 派遣会社の倒産が過去最多ペースで増えているワケ【社労士が解説】(3/3 ページ)
コロナ禍を乗り越えて、年々売り上げを延ばしている派遣業界ですが、一方で倒産も増えています。背景について、派遣業界に詳しい社会保険労務士が解説します。
スキマバイトの台頭
不本意ながら派遣で働かなくてはいけない人が減っただけでなく、バンドや演劇のような芸術活動など自分のやりたいことを実現するため、派遣で働いていた人も減少しています。
以前は、期間限定や曜日を選べるなど時間的な融通が利くという理由で派遣という働き方が支持されていましたが、最近ではタイミーに代表されるスキマバイトの方が、より自由に働く時間と場所を選択できるので人気となっています。
面接も不要で、賃金がその日のうちに振り込まれる点も働く人にとっては魅力です。スマートフォン一つで求職の申し込みから給与の振り込み確認まで完結するので、多少時給が安くてもスキマバイトを優先する人も多いのではと思われます。
また、派遣での就業と比べて社会保険料を控除されることも少ないので、将来的な保障よりも目先の手取りを増やしたい若年層にとっては、派遣よりもスキマバイトのプラットフォームを利用して働く方がメリットを感じる人が多いのでしょう。
高まる社会保険料の負担
さらに、社会保険料の会社負担分も、中小派遣会社の経営を圧迫しています。従業員51人以上の企業における社会保険の適用拡大は、2024年10月から開始しました。この改正により、従業員51人以上の派遣会社では、以下の条件を全て満たす場合、派遣社員を社会保険へ加入させなくてはならなくなりました。
- 週の所定労働時間が20時間以上30時間未満であること
- 月額賃金が8.8万円以上(年収106万円以上)であること
- 2カ月を超える雇用の見込みがあること
- 学生でないこと
シフト制で週3日程度働いている派遣社員も加入対象となったほか、2カ月を超えて派遣(雇用)契約がある社員に対しては、入社した直後から社会保険に加入させなければなりません。年金事務所の調査で加入させるのが漏れていることが発覚すると、加入義務が発生した時点、つまり入社時に遡って社会保険料を納めなければならなくなります。内部留保が乏しい中小零細の派遣会社の中には、年金事務所の調査がきっかけで資金繰りが悪化して倒産に至る企業もあります。
「派遣社員を社会保険に加入させない」と聞くと悪徳派遣会社というイメージを抱く人もいるでしょう。しかし昨今では若年層や外国人を中心に、手取りを増やしたいため、派遣社員自らが「社会保険に加入したくない。加入するなら辞める」と訴えるケースが増えています。違法と認識しつつも派遣社員を確保するため、加入を見送る派遣会社もあります。前述したように、派遣会社を通さなくても、スキマバイトのプラットフォームなどで簡単に仕事が見つかるからです。
派遣就業を希望する人が減っているため、派遣会社の倒産は今後も増えるでしょう。しかし派遣会社を利用している企業の立場に立てば、派遣会社の倒産が増えたといえ、人手不足を背景に人材派遣事の市場は伸びており、大半の派遣会社は利益を出しています。そのため、「就業している派遣社員が属する派遣会社がなくなる」という危機感を持ちにくいものと思われます。
著者プロフィール
佐藤敦規(さとう あつのり)
社会保険労務士。中央大学文学部卒。50歳目前で社会保険労務士試験に挑戦し合格。三井住友海上あいおい生命保険を経て、現在では社会保険労務士として活動。法人企業の助成金の申請代行や賃金制度の作成に携わっている。 社会保険労務士としての活動以外にも、セミナー活動や、「週刊現代」「マネー現代」「プレジデント」などの週刊誌やウェブメディアの記事を執筆。 著書に、『45歳以上の「普通のサラリーマン」が何が起きても70歳まで稼ぎ続けられる方法』(日本能率協会マネジメントセンター)、『リスクゼロでかしこく得する 地味なお金の増やし方』『おじさんは、地味な資格で稼いでく。』(以上、クロスメディア・パブリッシング)などがある。
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