「自治体システム標準化」は、なぜここまで迷走するのか? 現場で見えた2つの“ボタンの掛け違い”(3/4 ページ)
今回は「自治体システム標準化」と「ガバメントクラウド移行」をテーマに考察したい。自治体のCIO補佐官として現場から見えてきた現状と、どこでボタンを掛け違えてしまったのか、これまでの経緯を振り返る。
プロジェクト管理の観点から見える“致命的欠陥”
まずは今回の事業について、基本的なセオリーに沿ってプロジェクトの成否を評価してみましょう。一般的にプロジェクトは3つ、あるいは4つの要素で構成されていると言われています。
Q:Quality(品質)
C:Cost(費用)
D:Delivery(納期)
これらに加えて、
S:Scope(プロジェクトの範囲)
――の要素が挙げられます。大変残念なのですが、筆者の見立てでは、Q、C、Dのいずれの面でも「失敗」していると判断します。
Q(品質)の面では、すでにいくつかの自治体では標準システムの品質が不十分なことにより、業務に支障が出ているケースも散見されます(もっと言えば、今は明るみに出ていないが、公になるのも時間の問題、という自治体もあります)。
C(費用)の面では、財政制度等審議会の建議でも触れられていますが、目標とされている「コスト3割削減」どころか2倍、3倍のコストになっている自治体もあります。
D(納期)の面でも、全国の自治体で2025年度末の期限までに標準システムへの移行が完了する自治体のほうが少数派です。
プロジェクトマネジメントの分野では、S(プロジェクトの範囲)が変動しない場合、Q、C、Dはトレードオフ(すべて両立することは難しい)の関係にあるとされています。したがって、これらのバランスを取りながら最適解を導き出すことが必要ですし、もしこのバランスがどうやっても取れない場合は、S(プロジェクトの範囲)を見直すことも検討すべき――というのが一般的な手法です。
これらについては、後ほど詳しく触れたいと思います。
普段から筆者は自治体の施策立案に際して、WHY-WHAT-HOWという順番で事業を組み立てることを提案しています。
WHY:なぜその事業をやるのか?
WHAT:WHYを受けて、何をするのか?
HOW:WHATを受けて、それをどうやってするのか?
加えて言えば「WHYは利害関係者全員が合意できるもの」でなければなりません。だからこそWHYの合意は大切なのです。
筆者の認識は次の通りです。
「WHYとWHATの関連が軽視されたまま、WHATだけが肥大化し、HOWの選択肢を次々とつぶした」
今回の場合、WHATは
- 「自治体のシステムを標準化仕様に基づくシステムに切り替える」
- 「国が整備するガバメントクラウド上でシステムを稼働・運用する」
――ですね。
では、どのようなWHYに基づいて取り組んでいるのでしょうか?
この手がかりになるのが、地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(標準化法)第5条にある「基本方針」です。
標準化法第5条では「政府は、地方公共団体情報システムの標準化の推進を図るための基本的な方針(以下この条において「基本方針」という。)を定めなければならない」とあり、「地方公共団体情報システムの標準化の意義及び目標に関する事項」を定めることになっています。
思えばこのあたりから怪しいものでした。標準化法が施行されたのが令和3(2021)年9月。そして基本方針が閣議決定されたのが令和4(2022)年10月。つまり、1年以上も基本方針(WHY)が定まらないまま、やること(WHAT)だけが先走りしていたのです。
なお、基本方針における「標準化の意義」ですが、「意義」とされているところに、取り組むべき事項(WHAT)が混在していることから、とにかくWHATが先に決まっていて、WHYが後付けになっている様子がうかがえます。その中で、唯一「意義」らしい記述は次のとおりです。
地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化の取組により、地方公共団体が情報システムを個別に開発することによる人的・財政的負担を軽減し、地域の実情に即した住民サービスの向上に注力できるようにするとともに、新たなサービスの迅速な展開を可能とすることを目指している。
現在の自治体がこの状態に近付いているかは、みなさんで答え合わせをしてください。少なくとも筆者はWHYに近付くための努力をしたかったですし、そのためには、政府が示したWHATにこだわる必要はなかったのではないかと思います。
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